ルーク様しかり、王族とは、たまに平民との圧倒的感覚差を露見させる事がある。例えば、ティータイムに並べるお菓子の量、その質。そもそもセッティングする場所と使える人間の存在、その他諸々。そしてそれに翻弄されるいち平民が私。

「楽になさってくださいな、ファスナ詠手」

 向かいに腰掛け、ニコニコと、“すぎる”笑顔を私はと向ける、うら若き未来の女王。起き抜けに呼び出しを食らった私は、とりあえずへらりと笑い返した。
 緊張もやむを得ないでしょう、これは。

 私、何かしでかしただろうか。心当たりありすぎて悩む。
 そもそも彼女は未来の王妃で、つまりルーク様の婚約者だ。ルーク様がついに進言したのかもしれない。なら仕方ないかと意を決して向かい合うこと数分。

 紅茶から香る品の良い匂いは、私をリラックスさせる事はない。ナタリア殿下は大層国民に慕われているとは聞いているけれど、女の嫉妬ほどおっかないものはないというし。

「ファブレ邸で、ルークのご指導をしてくださっているそうですわね。ルークとは日頃どうお過ごしですの?」
「ルーク様とは、剣術や譜術のご指導以外にはお話しした事がありませんが……大変素直で、とても感受性が豊かなお方ですね。剣術にも一生懸命で、未来の国王のお相手とあっては、私としても身が引き締まります」

 これは本当に率直な認識。良い意味でも悪い意味でも貴族らしからぬ彼の性格は、ときに反発し合うものの、好感の方がまだ勝っている。まぁ長所に比例した欠点も見逃せる規格ではないのだが。
 ……と、包み隠さず言ってしまったほうが、私の任期は短くなるんじゃないだろうか。降格処分という代償を呼んだ上で。

 ようやくひと月が経った、事務的で即実的な軍隊とは異なる対人関係。新鮮さは時にストレスで、驚きが無いわけではない。
 けれど、長らく教団を離れることへの不安や焦りもある。相変わらず任務の終了が待ち遠しい。それに。

「ええ、私もそう思いますわ。そして、記憶を失う前のルークは、心の底から国を思っていました。きっと、彼は良き王となります。……いつか、思い出してくださればよいのですけど」
「…………そうですね」

 悲しげに、目元に影を落とす少女に、私は悪びれなく微笑む。ルーク様はけして、彼女との記憶を思い出す事はない。誰しも、元からない物を引き出してくる事はできない。
 姫は、ルークの記憶を待ち続け、ルークはその期待を背負い続ける。なんて虚しいことか。

 目の前で、姫が美しい所作でケーキを口に運んでいる。彼女こそが、ルーク・フォン・ファブレの婚約者。本来なら、アッシュが結ばれ、共に国を作っていくはずだった、運命の人。
 私がここに派遣されていることくらい、アッシュはとっくに知ってるだろう。帰った時、彼はどんな顔をするだろうか。しばらく口すら聞いてくれない姿が目に浮かぶ。それはなんだか寂しいなと思う。

 ライトはどうしているだろう。アッシュの眉間は緩んだかな。導師は息災だろうか。
 他愛ないことが浮かんでは消えるのも、少なからず私の変化でもあった。以前はただ、流れに身を任せて、周りの思惑などどうでもよかった。ライトがいなくて当たり前で、誰とも親しくせず、一人きりでいるのが常だったのに。

 手入れの行き届いた庭園を眺める。あの穏やかな庭師は中庭だろうか。きっと、ルーク様とかガイとかと談笑しながら花壇の面倒を見ているのだ。

(ここに、アッシュはいたんだな)

 彼のいた頃は、また少し違うんだろうけれど。
 擦りきれた外套が網膜に映る。どこからか汽笛が聞こえてきて、頭が痛い。

 ティーカップを受け皿に戻し、特に口を開かないナタリア様に向き直った。あまり気を散じていては無礼にあたる。だが姫もどこか気を抜かしていたようで、目が合うとハッとして、「ごめんなさい」と口を開いた。

「不思議ですわ。あなたは、亡くなったお母様に、少し似ている気がします。私は、絵画でしか見た事がありませんが」
「私が?」
「ええ。肖像画の母は、あなたのような黒髪に、緑の瞳の、美しい女性でした。私を授かった事を、心から喜んでくださったと……」

 よく手入れされたら金のまつ毛が、透き通った瞳に影を落とす。未来の王妃として育てられた彼女は、人に愛され、人を愛する事を知っているからこそ、母に会えなかったことが悲しいのだろう。
 この少女を知れば知るほど、私とは正反対の人物だと思い知らされる。眩しくて、目も開けてられない。少しだけ、ライトと彼女が似ている気もした。
「ご、ごめんなさい、私ったらつい……。そういえば、ファスナさんはおいくつなんですの?」
「私ですか? 今年で17になります」
「あら、私と同じ歳でしたのね! 私、歳の高い女の子とお話しする機会があまりなくて……その年齢で、ヴァン総長の補佐官を務めておられるのでしょう? 並々ならぬ努力をなさってきたのね。ご立派だわ、私も精進しなくてはいけませんわね」
「ええ……いや、私は別に……」

 やたら持ち上げられても、期待ほどの力なんて持ってない。だからそう目を輝かせるのをやめてもらえないだろうか。光が強いぶん闇は濃くなるというものだ。私のなけなしの良心やプライドを的確に刺激してくるの、やめてほしい。
 頬を薄く染めて、殿下はくるりと癖つけた髪をふわりと揺らした。

「ねえ、ファスナさん。私、また貴女とお茶をしたいと思っています。またお誘いしてもよろしくて?」
「……ええと。私で、よければ」

 お淑やかに破顔した少女は、年齢相応の顔をしていた。あまりにその顔が嬉しそうなので、どうか、私の口が震えているのに気づいてないといい。別に彼女を傷つけたくないとか、そういうお綺麗な理由じゃないけど。ただ、私が、情けなくも耐えられなくて。
 私がここにいるのも、あと二ヶ月弱。




 ×




 キムラスカ・ランバルディア王国。皇室であり公爵家のファブレ。壁に飾られた輝かしい刀剣を見るたびに、かの敵国とは停戦状態なのだと思い出す。
 殿下とのティータイムから戻った後、何だか妙に気が重たい。考える事なんか何も無い。どうでもいい。誰が死んでも、誰が得をしても。外れ者の私には関係無いし、どうでもよかった。
 そのはずだ。

「あっ、いた! おい、おまえ! 」
「……………………」
「おいってば! 聞いてんのか、おまえだよおまえ!」

 背後から伸ばされた手を、横に一歩踏み出すことで避ける。空を切った手をぽかんと見つめて、ルーク様はあからさまに顔をしかめた。
 説明、というか弁明を求める顔だ。素直すぎて、いっそ心配どころか愛らしささえ覚える。

「私、おまえ、という名前ではありませんので」
「けど、ここにはおまえしかいねーんだから、分かるだろ」
「あら。ルーク様は、人からおまえと呼ばれて、喜んで返事をされますか?」
「は? いや、んなわけねーけど……」
「そうですよね。私も、ルーク様に名前で呼んでいただいたほうが、とても嬉しいのですが」
「ぐ……」

 少し眉尻を下げて微笑めば、ルーク様はカッと頬を赤らめて、そっぽを向いてしまった。
 本当に分かりやすすぎるし、扱いやすい。これくらいにしておかないと、今度こそナタリア様の耳に入りそうなので、さっと取り繕うべく居住まいを正した。

「失礼いたしました、ルーク様。私に何か御用向きでしょうか?」
「……。別に、用があった訳じゃねーよ。……母上から、美味い菓子を貰ったから……お、おまえにも、特別に食わせてやろうかと思っただけだ!」
「……私に?」
「ん、んだよ。嫌ならやらねーよ。……じゃあな!」

 そっぽを向き、言い訳するようにぼそぼそと囁く彼の顔を覗き込むと、ルーク様の顔がエンゲーブ産リンゴの様に真っ赤に染まった。初々し過ぎてこちらがむず痒くなってくる。誘い誘われる様な環境にいなかったのだから、こういう声かけすら初めてなのかもしれない。
 よく見たら、向こうの柱の陰に、金髪がチラついていた。なるほど、監修者が判明した。あまりに微笑ましくて笑いながら、胸に手を当てて、ルーク様へと返事をする。

「いいえ。喜んで同席させていただきます。ありがとうございます、ルーク様」
「お、おう。そうかよ。……あとおまえ、敬語やめろよ。なんかすげーぞわってするし、なんかムカつく」
「ええ……そうですか?」

 そう言われましても。と、無意識に口角が引きつる。片や王位第三継承権保有者、片や一介の神託の盾騎士。身分の違いも甚だしいというのに、加減を知らないご子息様はなかなかの注文をなさる。
 つい助けを求めて柱の陰に目をやると、もう影から思い切りはみ出した男が、いい笑顔で親指を立てていた。面白がってるなあの人。
 返事に困ってだんまりでいると、少しずつルーク様の表情が曇ってくるので、私は仕方なしに頷いた。まあ、別に、無理に断る理由は無いだろう。

「じゃあ、私とルーク様……ルークの二人、それかガイを含めた三人だけの時は、そういさせてもらおうかな」
「おう。……じゃ、じゃあ行くぞ! 早くしろよ!」

 何故か満足げに頷いて、ルークは私を待たずに中庭へと足を向けた。すると偶然とばかりにガイが姿を現し、態とらしさを微塵も感じさせない爽やかな笑顔で挨拶をされる。彼、きっと私の何倍も世渡りが上手いだろうな。
 ルークがガイに、私の事について報告すると、彼は「よかったじゃないか」と笑った。ルークにとっては、良いこと、だったらしい。良くわからないけれど。

「じゃあ、俺もファスナって呼んで構わないかい?」
「構いませ……じゃなかった。いいよ。改めてよろしく、ガイ」

 握手もなく、互いに微笑み合うばかりで、けして踏み込まない距離がある。仕事仲間ではあるが、友達でも同僚でもない。自然と定まった、この数メートルがちょうどいい。
 反対に、ルーク様については、これがなかなか気が抜けない。7年しか生きていない彼には、いわゆる普通という感覚がない。だから私にもこうしてづかずかと踏み込んでくるし、人が歩み寄る事を純粋に良いものだと思っている。
 国や組織の上層部なんて、真っ黒で呼吸もしづらいと思っていたのに。ナタリア姫やルークの眼差しが、太陽のように眩しく、私を焼いていくのだ。




'180318




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