不意討ち騙し討ち(御剣)






執務室のドアの前に、ターゲットを確認。人知れず口元を緩める。
足音を消すのにもすっかり慣れた。

「みつるぎさん」

小声で呼びながら、とんとんと二回、彼の肩を叩いた。

「どうし……」

ふに、と柔らかく、振り向いた彼の薄くて白いほっぺたに、私の人差し指が刺さる。

「隙あり!……なんちゃって」

法廷での彼の口調を真似て私はにやりと笑う。大成功。
これが最近の、密かな憂さ晴らしである。






「………」
「御剣さん」

フリーズしてしまった彼のほっぺたをふにふにとつつく。
この人は本当にこういう砕けた空気に弱い。まったく真面目と言うか不器用というか。
リアクションに困っている姿が見たくて、ついついからかってしまうのだけれど。

しばらくつついていた頬がぴくりとひきつったと思ったら(お、再起動完了)、やめたまえ、とやんわり手を引き剥がされた。
そのままドアを開けた彼に続いて執務室に入る。


「真面目な話かと思ったら……」
「私が御剣さんに真面目な話なんてしたことありますか?」
「胸を張って言うことではないっ」

仕事中くらいきちんとしたまえ、などと言われてしまうと、まるで私がサボっているみたいだが、仕事はきちんとしている。ええ、とても。
今のだって、頼まれた資料を渡すついでだ。気持ち的には資料の方がついでなのだけれども。
一直線に背を向けてファイルとにらめっこする背中に、恨み節。

「かまって下さいよおー」
「仕事が済んだらいくらでも」
「仕事が済まないのが問題なんですよっ」

どんどん引き受けちゃって。ぽつりと呟く。
そりゃ確かに御剣さんは仕事出来るし、正義感も責任感も強いし、ちょっと押しに弱いし。たくさん案件を任されるのもわかるけれど。
ディナーのキャンセルが二回続いて、なおもここまで仕事一筋されちゃあ、頼んだ側に逆恨みだってしてしまう。

「御剣さんに押し付けてさぼってるんじゃないですか?」
「まあそう言うな。有能なみょうじ事務官のおかげで幾分助かっている」
「そう言えば済むと思って……」

一人で過ごすくらいなら一緒にサービス残業する方がいいというだけで。好きで働いている訳では断じてない。
事務的な呼び方も嫌いだ。割り切っているというのはよく分かっているけど。二人きりの時くらい、いつもみたいに呼んでくれればいいのに。


「取ってくる資料はこれでいいですか?」
「ああ……いや、待ってくれ」

手早く書き加えられたメモを手にして思わず溜め息。今日も大量だこと。

「感謝している。おかげで今夜は間に合いそうだ」
「はいはい」

あてにならない言葉を聞き流して足早にドアへと向かう。
後ろから少し慌てたように立ち上がる気配。

「みょうじ君、待ちたまえ」
「忙しいので待てません」

怒るのは筋違いだとわかっているけど、今は仲直りより先に仕事を終わらせてしまいたい。
肩に置かれた手をほどこうとして―


「なまえ」
「!」



驚いて振り向いた私の頬に、御剣さんの綺麗な人差し指が華麗に刺さった。





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あんまりラブラブしてませんが
職場恋愛おいしいです

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