「やっほー」
「いらっしゃいませ」
3/15の午前0:30過ぎ
また来ちゃった!と屈託のない笑顔を見せるクダリさんは、店のドアを開けるなりつかつかとカウンターに近づいた
「はい!ナマエ!」
「わあ、?!な、なんですか!」
「何って、お花だけど」
背中に隠れきっていなかった大きな白いばらの花束を何の恥ずかしげもなく差し出してくるクダリさん
私が恥ずかしがっているのがおかしいのかと思わせられるくらい、でも、彼はどこかそんな幼げというか、率直な所作が似合っている
「急にどうしたんですか?う、受け取れません」
「今日はホワイトデーだった!ホワイトデーは女の子にプレゼントする日でしょ?だから、ナマエにプレゼント!受け取って!」
「それはバレンタインデーのお返しをあげるんですよ、私クダリさんに何もあげてないですから」
「むー、ノボリのは受け取ったくせにー」
「ノボリさんから聞いたんですか?」
「うん、嬉しそうにしゃべってたよ
あ、あと昨日なんか強いの飲ませたでしょ?ノボリ、今日ずっとうんうん唸ってた」
それは、悪いことをしてしまった
いつもより量は少なめにはしたのだけれど、彼にふるまったホワイトレディは普段彼に出しているものの三倍ほど度数が高いカクテルだ
「明日、ごめんなさいって伝えてもらえませんか」
「えー、じゃあ、これもらって!」
「それは」
「はい!ナマエ」
半ば押しつけられる形で掴まされた白いばら
すごくきれいでいいにおいがする
「うん、やっぱり僕が思ったとおり、ナマエは白が一番似合う!すごくきれいだよ」
クダリさんはときどき真顔になってそんなことをいうものだから、どこまでも本気で受け取ってしまいそうで、怖い
ありがとうございます、と呟いて、花束をカウンターの隅に置いた
「ノボリからは何貰ったの?」
「お酒と、チーズケーキです」
「へえ」
自分で聞いた割に興味なさげに答える彼
ラッピングされた箱には、多分手作りの、小さなチーズケーキが入っていた
上品な口当たりのレアチーズケーキ
ノボリさんらしいと思った
「どうだった?」
「ケーキですか?すごく、おいしかったです」
「…ふーん、まあ、ノボリ料理上手だし
でも、ナマエは甘いもの苦手だよね」
「え?」
驚いて顔をあげれば、クダリさんは嬉しそうに目を細めた
「わー、正解?」
「… いえ、甘いものは特別好きでないだけで、食べられます」
「そう?ふふ、あのね、僕、なんとなくナマエと僕が似てるような気がしてたんだ」
「そう、ですか」
やっぱり当たってた!嬉しいな
そう言って無邪気に笑う
じゃあ、クダリさんも甘いもの、苦手なんだ
「なんか飲みたいな」
「かしこまりました」
クダリさんは前と同じようにじっと私を見つめる
できるだけその視線を気にしないように、ノボリさんに貰ったコアントローにブランデーとレモンを加えてシェークした
「どうぞ」
カクテルグラスに注いだ、ブラウンの透けた、サイドカー
私のお気に入りのカクテル
「ん、おいしい」
私とクダリさんが似てるなら、絶対に気に入ってくれると思った
やっぱり当たってた、嬉しい
「じゃあ、今日はこれで帰るねー」
「はい、ありがとうございました」
サイドカーを一杯だけ飲んで、クダリさんは立ち上がった
明日は早番らしい
「また来るね」
「お待ちしております」
「ふふ、ナマエ」
「?」
「白いばら、すっごく似合ってるよ」
じゃあね、と手を振って出て行った彼の表情は大人の男の人のものだった
白いばらも、クダリさんも私になんかふさわしくない
3/15
彼の無邪気は女殺しのサイドカー
▽サイドカー
ブランデー、ホワイトキュラソー、レモンジュースをシェイクする。
…バイク事故で運転してる男よりサイドカーに乗ってる女の方がよく死ぬことから(反射的に運転者が自分の身を守るため)、皮肉的に女殺しの意味でそう名付けられました。辛口で度数も相当なのに、ブランデーの深みとキュラソーのさわやかさで思ったより量が飲めて、女の方がよく酔い潰れてしまうのです。気をつけてね。