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所謂タイム・スリップ、しかしこれは、その単純な言葉ではなかなか説明できない問題でした。

わたくしは過去に介入しているのではなく、過去そのものにいるのです。つまり、何と言いますか…わたくしは頭の中身を別にして、過去のわたくし自身にすっかり成り代わっているのでした。

後に何冊の文献を調べても同様の前例を見つけることはできませんでした。これの原因について、わたくしはいつしか知ることを諦めました。



階下に降りて(わたくし達の部屋は二階にありました)リビングに入れば、陽光の差し込むリビングには四人分の朝食がもう並んでおりました。「あらおはよう、早いのね」「…おはよう」シワも疲れも見えない母が快活に挨拶をして、わたくしはまた受け入れ難い事実を無情に突きつけられたのでした。

若々しい父が広げている新聞には、ほとんど記憶にもないアイドルがわざとらしい笑顔でコンタクトの洗浄液を掲げていました。(このアイドル、ぼくが小学校の頃に誰だか俳優の子どもを産んだはず)。その後ほとんどメディアに露出はないけれど、ママタレントとしてバラエティー番組に出ているのを何度か見ている。


ちょうどそのとき、誰も見ていなかったテレビ画面に、新聞広告と同じ笑顔がぱっと映し出されました。『熱愛発覚か?!人気俳優とお家デート』踊るテロップ、煽動的な原稿、記憶の片隅にある俳優のカット。ばらばらと思い出されて、点が線で繋がれていく。

そのタイミングの良さに感心する以上に、わたくしはここでふとあることに気がつきました。


わたくしはここでは、予言者のごとく、それから起こる事件、災害、革命(それがわたくしの知っていることである限り)、それらを言い当てることができるのです。


「クダリのこと起こしてきて」
「…うん」


予言の能力があれば、きっと、神童として祭り上げられ、上手く世の中を渡っていくこともできるでしょう。混乱している頭でも、未来を知っていることがどれほど異端で、稀有で、有用であるか容易に想像できるのでした。


しかし、当時のわたくしにとってそれは、全く魅力がないどころか、非常に迷惑な話だったのです。



わたくしは、わたくしの人生に満足していました。前途洋々、満ち足りていて、素晴らしい人生でした。
これから彼女に永遠の愛を告げ、二人道程を共にするところだったのに。


このときにはわたくしは皮肉にも半ば本能的に、元の人生には戻れないだろうな、と悟っていました。この夢はあまりにもリアルに、生々しく、そして正確でした。


小さな胸を上下させるクダリの前に立ち尽くす。



このときにわたくしは決めたのです。予言の能力の全てを、元の正しい人生を辿り、彼女に伝え損ねた愛を伝える為に使うことを。
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