自惚れだったな、と思う
だってインゴは誰もが憧れるサブウェイボスで、私はその、誰も、の一人に過ぎない
二人と仲良くなれたのだってたくさんの偶然が重なっただけで、私はもともと彼女とか、そんな器量じゃなかった
◇彼らは私が入社したときにはもうすでにサブウェイのトップに君臨していて、私は遠巻きに彼らをすごいなあ、なんて憧れの目で眺める立場だった
それがいつからだったか、ただ女性の鉄道員が珍しかっただけだろうけど、エメットによく声をかけられるようになって、無遠慮に執務室なんかに呼び出されて名指しで仕事を押し付けられるようになった
きっと根っからのジャップな私が断れないのをわかってのことだ、でも、そうわかっていてもやっぱり上司に逆らえないのは仕方ないと思う
そして私が執務室に訪れるようになれば当然、もう一人のボスとも顔を合わせることになる
「またオマエですか」
「ええ、お疲れ様です、ボス」
「早く終わらせなさい」
お前が引き受けた仕事だろうと手伝ってはくれなかったけど、仕事を置いていなくなってしまうエメットとは違って、インゴは私が仕事を終えるまで一緒にいてくれた
自分の仕事が先に終わったときだって、ただ黙って待っていてくれる、インゴのそういう不器用な優しさが、私は好きだった
「終わったー…」
ぐっと背もたれに背を預けて伸びをする
「やっと終わりましたか」
「すみません、お待たせしてしまって」
「本当に」
「いやー…」
なら手伝ってくださいよ、とも言えず、消灯してすっかり暗い廊下を並んで歩く
横暴に振る舞いながらも、すらっと伸びる長いコンパスを私に合わせて歩いてくれる
時刻は23:38、寮に戻っても晩御飯の時間はとっくに過ぎてるから、自分で何か作らなきゃ
でも、めんどくさいなあ…まだインスタントの何かしらが、残ってるといいけど
今思えば、そんなこと考えてたのがよくなかった
「…ふはっ」
「え?なんですか?」
「ナマエ、今、腹の音が聞こえましたよ」
「え?!それ私じゃな…」
「…」
「…」
「…クッ」
「い、今のは違います!笑わないでください!」
完全に鳴った
空気の読めないお腹の音がベストなタイミングで鳴り響いた
顔が熱くなって、多分今真っ赤になってるんだろうな
しょうがないじゃん!お腹空いたんだもん!
肩を震わせて笑いをこらえるインゴさんをじりと睨んだ
「そんなに笑わなくたっていいじゃないですか」
「イエ、あまりにも…ふ、計ったようなタイミングでしたので」
「…お腹空いたんですよ」
「そうですね…ナマエ、確か寮住まいでしたね?」
「そうですけど」
「夕飯でもどうですか?」
「は」
「愚弟の世話代も込みで。どうせ寮の夕食などとっくに終わっているでしょう」
腹を鳴らしながら歩かれても困りますから、なんて、笑いすぎて涙を浮かべながら言われて、恥ずかしすぎて半ばやけになっていた私は「じゃあご馳走になります」と言い放った
どうせ私より何倍も稼いでる高給取りなんだ、いいだけ食べたってばちは当たらないはずだ
そう、腹をくくって、ではこちらに、というインゴさんに素直についていった
どこかこの時間にも開いているレストランにでも入るのかな、と思っていたら、自宅に案内されたときには流石に驚いたけど
◇妙に馬が合って、それから何度か家にお邪魔するようになった
インゴが意外にも料理が上手いことがわかって、実はよく笑う人だってことにも気づいて
くだらない話で盛り上がるのが心地よくて、一緒にお酒を飲むのが楽しくて
休みの日には泊まっていくこともあって、着替えも置いておいたりして、入り浸って
そうして自分の寮に帰るのがだんだん億劫になった
そんなときに、インゴが言ったのだ
「帰るのが面倒なら、ココに住めばいい」
「え?」
「今も住んでいるようなものでしょう」
「そう、ですけど」
「お前が住むだけの広さも甲斐性もあると言っているのです」
だから、インゴだって悪い
だってそんなことを言われたら、勘違いだって、すると思う
すっかりその気になった私は、頬なんか染めたりして言ったのだ
「じゃあ…お願いします」
それが、三か月前の話
◇「エメット、私思い出した」
「ナニを?」
「私、インゴの彼女じゃない」
「ハァ?」
彼女面して一緒に住んでた私のことを、インゴはどう思っていたのだろう
体のいい同居人?冗談もわからない馬鹿女?
きっと、彼女ってそういう意味じゃない
私たちはせ、セックスはおろかキスだってしてないし、何より大切なことが抜け落ちている
どうしてこんなことをずっと思い出せなかったのかな
「私、インゴに好きって言われたこと、ない」