「ナマエっ…」
自分が取り返しのつかないことをしてしまったのはわかっていた
ただ、そうせずにはいられなかったのだ
クダリくんはひどく心優しくて、ともすれば、残忍なひとだ
自分を打ち捨てた想い人の顔で愛を囁かれて、私は平静を保っていられるはずもなかった
頭では違うとわかっているのに、心は必死に痛みを忘れようとしているのに、寸分違わぬ容姿が、声音が、それを阻んだ
自分がつらいことからいかに目を背けて幸せな思い出に逃げていたのかを、ありありと突きつけられる
いや、やめて、もうつらい思いはしたくないの
いっそ、こうして壊れ物を扱うように、どこか不安げに、でも有無を言わせない力強さで私を組み敷くこの人が、本当にノボリさんだと思えたなら…どんなに楽で、幸せなことだろう
ああ、そうだ
きっと、この人も、それを望んでいるのだ
かさぶたをいたずらにはがされて、そこを優しく舐られるようなじくじくとした熱く甘やかな痛みに、私はほとんど全てを委ねようとしていた
苦しいのも痛いのもつらいのも、もういらない、欲しくない
「あなたを、愛しているのです」
私も
そこで、見上げた私は気づいた
幾筋もの涙が、彼の顔を伝っては流れていく
そこにいるのは、ノボリさんではなかった
クダリくんは私よりもずっと、苦痛に歪んだ顔で私を見下ろしていた
引き下がった口角は、苦しさを耐えている表情にしか見えない
切なげにまゆが寄せられ、かなしげに目がそばめられる
泣きながら、うわごとのように、誰かの愛の言葉をクダリくんはつぶやいていた
クダリくんがこれを望んでいないのだとすれば、これは一体誰のためのものなのだろう
私の気持ちは、クダリくんの気持ちは、これのどこにあるのだろう
「泣かないで、クダリくん」
「泣いてなど、おりません」
流れ落ちる涙はクダリくんのものだった
自分を捨てて、悲しんで、それでもクダリくんは私のためだと言う
私は、そうして差し出された彼の手を、取らずにはいられなかった
縋るほか、なかったのだ
◇
「ナマエっ…」
一瞬目を見開き、突然ナマエの首筋に顔をうずめて、クダリはぎゅうぎゅうときつくナマエを抱きしめた
「ナマエ、ナマエ」
「うん」
「ナマエ、僕、もう」
切羽詰まったように掠れた声で言う
首筋で囁かれてくすぐったさに身をよじると、それはちくりとした痛みに塗り替えられた
「んっ…」
何度も執拗にそれを繰り返される
時折べろりと痕を舐められて、ひくりと喉が震えた
口は段々と下に降りていき、ブラウスの一番上のボタンを外され、はだけた鎖骨の辺りにぢゅ、と音を立てて吸い付く
「ぁ、はっ…」
ナマエの顔の両側に手をつき、また、見下ろすような格好になった
クダリの濡れた唇がてらてらと月明かりを反射している
「ナマエ」
一度、名前をつぶやいて、恭しく唇は重ねられた
「ん…」
触れて離れたと思うと、二度、三度、角度を変えて、わざとらしく音を立てながら何度も柔らかい感触は押しつけられる
ついには離れないまま、舌先で唇をなぞられ、ナマエは促されるままに恐る恐る薄く口を開いた
「んっ…」
「ふ、ぁ」
入ってきた舌が思いのほか熱く、思わず逃げようと舌をひっこめるも、それは許されなかった
追いかけてきた舌にたやすく絡め取られる
どちらのものともわからない声と唾液が口の端からもれた
歯列をなぞられ、口蓋をくすぐられ、流し込まれた唾液をのみこんだ
くちゅ、という水音に頭が侵されていく
息が苦しい
生理的な涙が浮かび、ワイシャツの裾をひいて訴えても聞き入れられる様子はなかった
執拗に口内を犯される
「っはぁっ…んっ、」
ようやく唇を離されたときにはもうすっかりナマエの息はあがってしまっていた
「…やらしい顔」
「ん、ぅん」
「もっと見せて」
太ももをごつごつと骨ばった男の手が這い、ブラウスのボタンが焦らすようにゆっくり、ぷつ、ぷつ、と外される
はだけて外気に肌が触れ、ナマエはふるりと震えた
片手は太ももに添えられたまま、なぞるようにもう片方でお腹を撫でる
「ナマエ、きれい」
「そ、なこと…んっ」
脇腹をのぼってきた手が、膨らみに触れた
下着の上から包み込み、やんわりと確かめるように押して、クダリは少し嬉しそうに笑った
「ね、僕が買ったの、ぴったりだったでしょ」
「ぅ、ん…どして…」
「見てたから」
「っ…」
ずっと、こうしたいなって
親指が何度か下着の上から頂をなぞって、声が漏れる
クダリはそれに気づいていないように、時折ひっかくようにして繰り返した
「っ、あっ」
「…」
クダリは一度、動きを止めて、シーツを握り締めているナマエの手に自分のそれをのばした
確かめるように重ねてから、シーツを握る手を解き、手首を掴んで自分の方へと引き寄せる
「くだり、くん?」
「…抵抗、するならちゃんとして」
今なら、やめられるから
引き寄せたその手を自分の首に沿えるように引いて、暗に問う
嫌なら絞めろ、と
ナマエはひどくつらそうに顔を歪めた
自分自身で答えをだすことがどんな意味を持つのか、わからないわけではなかった
わからないまま、全て誰かが決めてくれるならば、それをただ受け入れるだけならば、どんなにか気楽だろうと思う
クダリは、それをわかってナマエに選ばせている
「…もう、止められないからね」
ナマエはクダリの首筋に沿えた手をゆっくりと降ろしていき、まだ締められていたネクタイを軽く緩めた
目を伏せて、一番上のボタンを外す
クダリはわかっていた
傷ついて追い詰められた心優しいナマエが自分を拒否することなど、到底できないことも