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クダリくんを送り出して、リビングに戻る

手紙なんて、少し重かったかもしれない
ソファに深く腰掛けて目を瞑った


私がノボリさんと初めて会ったのは、ダブルトレインのホームだった







(クダリさんいるかなあ…)

間違えて乗ったダブルトレインで負けてから何度か、私は約束した通りにダブルのパーティーを組み直してクダリさんに挑戦しに来ていた

もともとダブルバトルは得意でないのだけれど
言い訳がましくはあるけれど、一つのことに集中すると周りが見えなくなってしまう私には二体のポケモンに同時に命令しなければいけないダブルバトルは複雑で少し、難しかった

それでも私は繰り返し挑戦していた
クダリさんにまた来るようにと毎回言われるせいもある
でも一番は、あれから何度バトルを重ねても、クダリさんに勝てないからだ
昔から、負けず嫌いなところは変わらない


今日もまたシングルのホームの前を通り過ぎてダブルのホームへの階段を降りる
クダリさんは毎回、負けた後にここはよかった、ここは直したほうがいい、なんて律儀にアドバイスしてくれる
子どもらしくて、その実真摯な人だ
今回こそは、絶対に勝ちたいな  



「カズマサ!」


ぽつりぽつりとトレインを待つ人がいるホームに突然、怒号寄りの叫び声が飛び、全員がきょとんとした顔で声のした方向を見た
例に漏れずにぱっとそちらに目を向けた私が見たのは、黒い服に身を包んだ、クダリさんだった

「も、申し訳ございません!」

集まる視線にぼっと顔を赤くし、あわあわと謝罪の言葉をのべると、その人は見本のように美しい角度で腰を折って礼をした
直後、赤い顔のまま口角を引き結び、つかつかとひとりの制服姿の駅員さんに近づくと、その人に何やら言った後(ここまでは聞こえなかったけど)またつかつかと階段を上っていった
後ろに、真っ青な顔の駅員さんを引き連れて




「ナマエ!待ってた」
「はい、今日は勝ちます」
「えへへ、じゃあ、始める!すっごいバトル!」
「あ、すみません、あの」
「どうした?」
「シングルトレインの車掌さんって、クダリさんの双子さんですか?」


あの人はきっとクダリさんじゃないな
振る舞いも言葉遣いもまるで違っていて、でも容姿がそっくりなあの人は、きっと私が行ったことのないシングルトレインの車掌さん

少し気になって、七両目の彼に聞いてみれば、彼は少し肩を揺らした


「…うん、ノボリっていうの、僕の双子の兄」
「やっぱり!」
「どうして?もしかして、シングル乗ったの?」
「いえ、さっきダブルのホームにいらして、駅員さんを探してたみたいです」
「そっか」
「でも、あんまり似てないですね」
「そう?」
「はい、すぐいなくなっちゃったので、よくわかりませんでしたけど…」
「…バトル、しよ!」


少なくとも、顔を真っ赤にしてわたわた慌てるノボリさんに、クダリさんに言われて思いこんでいた気難しい頑固親父みたいなシングルトレインの車掌さんへのイメージは、塗り替えられていた

クダリさんが唐突ににこにこ笑顔でボールを構えて、私も急いでボールを出す
少し、話し込み過ぎたかもしれない



その日、私は初めてクダリさんに勝った







火を止めて鍋のふたを閉めた
時計を見ると、針は五時過ぎをさしている

思っていたよりも、早く時間は過ぎていった
昨日は何もできなかったけど、今日はクダリくんに許可をとって掃除と洗濯も済ませた
お礼にもならない、けど
今着ているブラウスとキュロットを見て思う
これもクダリくんに手渡されたものだった

クダリくんの優しさは純粋に嬉しくもあったし、申し訳なくもあった
そして、それ以上に、私をひどく不安にさせた

クダリくんの優しさは同情だ
それはいつか、  きっとすぐに、尽きてなくなってしまうものだ

これ以上、失うことは怖かった
全てをかけて愛したひとからの愛を失った私は、もう何も持っていなかった、から

ひとつ息を吐いてソファに腰掛けた







「ただいまー」

鬼のような量の書類をこなして約束通りに6時に仕事を終えた僕は、6:40頃には家に帰り着いた
思っていたよりも買い物に時間がかかった
ナマエが喜んでくれたらいいな、なんて、考えながら店を歩いていると自然とかごは埋まっていて、いつもよりたくさん買い込んでしまった

「ただいまー…」

もう一度、声をかける
返事はない

これはいつもなら当然のことだったけれど、今の僕をひどく動揺させた
嫌な、予感がする

「ナマエ、ナマエっ」

靴を脱ぎ散らしてリビングのドアを乱暴にあけ放った

「ナマエ…!」
「あ…ごめんねクダリくん、おかえりなさい」

思わず安堵の息が口からもれた
緊張の糸がきれて、体から力が抜けていくのを感じた
買い物袋を床に放りだして、ソファに向かう

よかった、ナマエ、いなくなっちゃったのかと思った
僕に黙って、どこか行っちゃったのかと思った
そんな僕の不安な気持ちは、きっとナマエにはちゃんと伝わってない

部屋には電気がついていて明るかった
リビングに置いているソファの背もたれ越しに、ナマエの肩が見えた

「ナマエ、びっくりした」
「ごめんね、寝ちゃってたみたい」

少し非難の色を含めて言う
ナマエはこちらに背を向けたまま、立ち上がった


「ご飯、できてるよ、それとも先にお風呂に入る?」
「…ねえ」
「なあに?」
「僕ってそんなに頼りない?」
「え…」



かたくなにこっちを見ようとしないナマエを後ろからぎゅって抱きしめる
僕の両腕にすっぽり収まってしまうその小さな体に、どれだけの気持ちをため込んでいるの


「ナマエがしゃべるのつらいなら、僕、何も言わずに待ってようって思ってた」
「…」
「でも、そうやって何も言わずに、嘘ついてまで一人で泣くのは、僕もナマエも、もっとつらくて悲しい」
「違うの、クダリくん」
「違わないでしょ」
「あ…」

そっと目じりをなぞれば、僕の指をあたたかい感触がつたった
ここにきてからきみは泣いてばかりだ


「違うの…ううん、ごめんね、大丈夫だから」

そっと僕の腕から抜け出してナマエはくるりと振り返った
目は赤くなってうるうるしていて、それでも彼女は、口元だけ微笑んで言う


「ご飯、準備するね」



ああ、そうか

僕はナマエの涙を止めてあげることもできない
僕では、僕のナマエへの気持ちでは、だめなんだ







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