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「おはよう、クダリくん」
「おはようナマエ」

朝起きるとキッチンにはすでにナマエが立っていて、そうか、夢じゃなかったんだ、なんてぼんやり思った
時計が指してるのは5:30、そんなに寝坊したって訳じゃない

「ごめんね、よく眠れなかったでしょ」
「そんなことないよ」

僕はソファから体を起こして大きく伸びをした
昨日と同じようにナマエは僕のベッドに寝かせた
ナマエはかなり遠慮したけど、男として女性をソファで寝かせる訳にはいかない

「いい匂い」
「今、朝ご飯の準備するね」
「ありがとう」

キッチンに行くともうご飯はすっかりできあがってて、じんわりあたたかい気持ちになる

「これ運んでいい?」
「あ、うんありがとう」

食卓に朝食を並べていく
この時間がずっと続けばいいと、本気でそう思った

「どうぞ」
「いただきます」
「パンでよかった?」
「うん、僕朝はパン派」
「やっぱり」
「どうして?」
「昨日、トースト焼いてくれてたから」

トーストよりちょっと手の込んだホットサンド
トマトの乗ったサラダに、コンソメスープに、ヨーグルト
それを一緒に囲むナマエ

今までで一番、満ち足りた朝だった



「今日は6:00に仕事終わって帰って来るから」
「そんなに早いの?」
「うん、がんばってくる!」
「無理はしないでね」
「ありがとう!鍵は一個しかないから、置いていけないんだけど…」
「わかった、ここにいるね」
「うん!家の中だったらどこでも入っていいし、何でも好きに使っていいから!あと、ギアステーションでライブキャスターの落とし物、聞いてみる」
「ごめんね、お願いします」
「でも、今日見つからなかったらまた違うの用意するね」
「そ、そんな」
「僕がナマエと連絡できないの、困るから」
「…わかった」
「誰かピンポンしてきても、開けたらだめだよ」
「子どもじゃないんだから」
「わかった?」
「わかった」

くすりとナマエが小さく笑った
ナマエの笑顔を見るのは久しぶりで、僕まで嬉しくなってにっこり笑った


「クダリくん、これ」
「ん?」
「お弁当、作っちゃったの…よかったら持って行ってくれない?」
「いいの?!」
「うん、迷惑だったらいいんだけど」
「全然迷惑じゃない!僕きっとお昼まで待てない!」
「ありがとう、はい」

ナマエからお弁当を受け取って鞄に詰め込む
いつもはないそのふくらみが僕をなんとも言えない幸せな気持ちにしてくれた

「それとね、これ…」
「なに?」


「…ノボリさんに、渡してくれる?」




また、そんな泣きそうな顔、するの


「クダリくんのおかげで、少し頭も冷えたし…心配、してるかも…ううん、きっと、迷惑かけてると思うから」
「…」

僕は黙って紙袋を受け取った


「いってらっしゃい、気をつけてねクダリくん」
「いってくるね」


駅までの道を歩きながら、迷いなく受け取った紙袋の中身を漁る
入っていたのは僕のと同じようなお弁当と白い封筒だった
きれいにのりづけされた封を破り、便箋を開く

『ノボリさんへ』
一番上にはそんな書き出し
整然と、凛とした文字が並んでいた



『ノボリさんへ

昨日は連絡もせずに家を空けてしまってすみません
無責任なことですが、ノボリさんの家の鍵をなくしてしまったようです
私は今、クダリくんの家に置いてもらっています
お仕事の間何か不審な音がしたら、すぐに見に行くので心配しないでください
もし今日見つからなければ、鍵を変えてもらうように頼もうと思っています

もしライブキャスターに連絡してくださっていたら、ライブキャスターも一緒になくしてしまったので、伝わっていません
大切な用事でしたらクダリくんに言伝をお願いします


帰らなかった理由を、ご存知かもしれませんね
もうしばらく、頭を冷やさせてください
今は混乱していて、自分の気持ちに整理がつかないのです
何も、わからないんです
クダリくんがいいというので、もうしばらくは甘えてお世話になろうと思います



謝罪から入ったその文面は最後まで几帳面な字で誠実さを欠かずに締められた
…自分を裏切った男に、よくもまあここまで誠実でいられるものだと、呆れというよりむしろ尊敬さえ感じる
ただ、便箋にはところどころ雫が落ちたようなしみがあり、最後のほうは手が震えたのだろう、字が弱々しく乱れていた

彼女はやはり、冷静を装って気丈に振る舞っているのだ
強くて、脆い


便箋を封筒ごとびりびりに破き、紙袋に戻しながらそう思った


カナワの駅員におはよーって軽く会釈して、ライモン行きの地下鉄に乗る
揺れる車内で、あ、そうだ、とかばんの中からライブキャスターを取り出し電源を入れた

「わーすごい」

来てるだろうなあとは思ったけど、一晩で着信100件超えは、実兄ながらさすがに引いた

「…ライブキャスターも鍵も、見つかるはずないんだけど」

もう一度電源を切って、かばんにしまったライブキャスター
黒にシルバーのラインが入った落ち着いたデザインのそれに似たものを、今日買ってきてあげようと思った
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