「あ、おかえりなさい」
ぱたぱたと玄関までかけていけば、心底驚いたように目を丸くするクダリくんがいた
やっぱり、まだいたんだって思われるだろうな
「ごめんなさい、クダリくん…図々しく居座っちゃって」
「謝らないで」
クダリくんはふにゃりと私を安心させるように笑ってくれた
「ただいま、ナマエ」
「わー!これ、全部ナマエがつくったの?!」
「あ、あの、冷蔵庫開けるのとか、本当に失礼だと思ったんだけど…」
「そんなことない!」
僕、すっごく嬉しい
他意のないその言葉に少し、救われた気がした
私はただいつもやっていることをしただけだ
クダリくんは目をきらきらさせて、コートやら帽子やらを脱ぎ散らすと、そのまま食卓についた
その子どもらしい所作につい微笑んでしまう
「いただきまーす!」
自分のつくった夕食をこうして誰かが食べるのを見るのは本当に久しぶりだった
ソファの上のコートと帽子をハンガーにかけた
「ナマエのご飯、すっごくおいしい!」
「…ありがとう」
「でも、ナマエが一緒に食べてくれたら、もっとおいしくなる」
照れだとか気恥ずかしさを全く感じさせない直球の言葉に、思わずたじろぐ
クダリくんは、いそいそとキッチンに行って取り皿とナイフとフォークを一組、持ってきた
「…あ、私はいいよ」
「どうして?」
「もし、よかったら、余った分だけでもノボリさんに持って行こうかなって…」
「よくない」
俄かに冷たい表情になったクダリくんが言い放った
初めて見るその無表情に何も言えない
もしかしたら、今日ははやくお仕事が終わって、お腹を空かせているかもしれない
私が家を空けるのは初めてだったから、もしかしたら、探しているかもしれない
…そう思ったのだけど、いくら弟さんだからといって、人の家で自分の家のご飯を作るようなこと、気を悪くして当然だ
「あ…ごめんなさい」
「そんなの、余らない」
「クダリくん?」
「一緒に食べよ!」
ぱっと明るい表情に戻ったクダリくんに食器を押しつけられ、引かれた椅子に腰掛けた
起きて朝食を食べてからは、本当に何もできることはなかった
シャワーを借りるのも気が引けるし、第一着替えがない
いつもなら掃除をして、洗濯をして買い物に出かけるのだけど、それもできない
でも、ぼんやりとしていれば頭の中には愛しい人のことが浮かび、昨日の嬌声がこだまして、おかしくなってしまいそうだった
ごめんね、と心の中で謝って、冷蔵庫を開ける
せめてお礼に、このくらいはしてもいいかな
そうして夕食を無心で作っている間は、いつもと同じように落ち着いていられた
向かい側に座ったクダリくんの視線を感じて、ナイフとフォークを動かす
あまり、食欲はないのだけど
かちゃかちゃと金属と陶器のぶつかる音が響いた
「クダリくん、朝ご飯、ありがとう」
「おいしかった?」
「うん、すごく」
「よかったー」
「…あの、昨日は、ごめんね、騒いじゃって」
「…」
「今日は帰ろうと思ったんだけど、鍵とライブキャスターがなくて…」
「…」
「…あの、私、ノボリさんが」
「言わなくていいよ」
私の言葉を遮ってクダリくんは言った
「言わなくていい」
「でも」
「ナマエのそんなつらそうな顔、僕見たくない」
そう言ったクダリくんの方が、よっぽどつらそうな顔をしてるのに
「鍵がないならここにいればいい」
「で、でも」
「ライブキャスターだって、新しいの、買ってあげる」
「クダリくん?」
「僕、言ったよね、君の味方だって」
「ナマエ、ノボリのこと話すとき、どんな顔してるかわかる?」
「え?」
「ねえナマエ、」
ノボリに会ったら、幸せになれるの?