「ボス、挑戦者がマルチトレイン14連勝しました」
インカムから流れてくる声が、僕らにマルチトレインに乗れって暗に促してきた
何をするでもなくくるくるとただ小さな金属を弄んでいた手を一旦止めて、マイクのスイッチを入れる
「…んー、僕今ちょっと手が離せない」
マイクに向かってそう告げて返事を待たずにぶつりとインカムの電源を切った
バトルは好き、でも今はノボリと一緒にバトルできない
僕はまだ冷静でなかったし、完全に仕事とプライベートを割り切れるほど器用でもなかった
ノボリもきっとそうだ
マルチの挑戦者は結局16戦目で降りちゃった
モニターをチェックしてちょっと安心
「クダリさん、ここにいたんですか!」
インカム切らないでくださいよ!なんて心底困った顔で言いながら息を切らして管制室に入ってくる駅員
ごめんごめん、って気の抜けた返事をしたら、ノボリさんもインカム切っちゃたんですよって、半泣きで
あは、やっぱり同じか
胸くそ悪い
◇
『僕クダリ!きみの名前は?』
『は、はい!ナマエです』
ナマエが初めてダブルトレインに乗って僕のところまで来たときのこと、僕ははっきり覚えてる
ナマエは覚えてないかもしれないけど
『今回は僕が勝っちゃった』
かなりいい勝負だった
僕ここでは本気出しちゃいけない決まりなんだけど、思わずちょっと本気、出ちゃったくらい
(怒られるから秘密ね!)
ただナマエのポケモン、すっごく強いのに、あんまりコンビネーションがよくない
もっと楽しいバトル、できる
『あちゃー…やっぱりだめか』
みんなごめんね
そう言ってボールを優しくなでるナマエ
愛おしむようなその目は、お母さんみたいだと思った
『やっぱりって、どういうこと?』
『あ、クダリさん…ごめんなさい』
『?』
『この子たち、シングル用のパーティーなんです』
『え?』
『あの…』
ナマエはシングルバトルをするつもりで来たらしい
ただ、初めてのギアステーションでどこに行ったらいいのかわからずに、駅員に聞いたら何を間違えたのか連れてこられたのがここだったんだって
『私もシングルだと思って乗り込んじゃって…途中で降りることもできたんですけど、その、勢いで…』
『ぷっ』
『えっ?』
『あはは!そんな申し訳なさそうにしなくても、僕怒ったりしないのに!むしろごめんね?駅員には言っておくから!』
『わ、笑わないでください!』
クダリさん真剣に勝負してくれたから、申し訳ないなあと思ったのに…
あんまり思いつめたように言うからおかしくて思わず笑ったら、ナマエはほんのり頬を赤くしてうつむいてそうつぶやいた
おもしろい子!
電車はがたがたギアステーションまでの線路をたどる
もう少しで終点だ
窓の外は当たり前だけど真っ暗で、隣同士座る僕らをくっきりと映し出していた
『…次は、ちゃんとシングルに乗ります』
『だめ!』
『え?』
条件反射みたいに口をついて出た言葉に僕自身が一番驚いてしまって、しばらく何も言えなかった
『く、クダリさん?』
『…もー、そこは違うでしょ?』
本気のパーティーでもう一回来ます、って言うところ!
『僕、まだ全然本気じゃない!ナマエも…くやしいでしょ?』
『…はい』
『うん!だからまたおいで?』
『はい』
『それにねえ、シングルの車掌はすっごく怖いって評判!ナマエのこときっといじめる!』
『ふふ』
じゃあ、またダブルに来ますね
…それは確かに社交辞令ではなかったのだけれど