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ナマエ、ナマエ
ナマエに会いたい

何がいけなかったのか
どこからおかしくなってしまったのか
昨日の内にナマエが帰ってくることはついにありませんでした


帰ったわたくしを待ち受けていたのは夜にただ染められるばかりの闇とほのかなアルコールの香りだけでした

不審に思いながらもリビングへの戸を開き電気のスイッチを探る
もう眠ってしまわれたのでしょうか、家に帰れば煌々とわたくしを照らしてくれる明かりとナマエの微笑みがなくては、自分の家の電灯一つ点けるのもままならない
自嘲気味に笑いました
自らの愚かしさをこの闇の中で明かりを探しもがく様が象徴しているようにさえ思えました

ナマエ、あなたがいなければ、わたくしは


―ようやく指先に感じた手応えを押したわたくしの目に飛び込んで来たのは、しかし、わたくしが予想もしなかったものでした


「…あ、あなたは…!」
「ふふ、ノボリさん、びっくりしましたあ?」

声を失う
びっくりした、どころではない
持っていた荷物が床に落ちる音がどこか遠くで聞こえたような気がしました
足が床に固定されたように動くことができない
なぜ、どうして、どうやって

「な、そん、ど、どうやって」
「落ち着いてくださいよ、」

いなくなったりしませんから

そう言う女の微笑みはわたくしの想い人のそれには程遠い
なぜ、こんな、おかしい

「どうしてノボリさんのお家知ってるのかって気になってるんでしょう?」
「…」
「ふふ、驚いた顔のノボリさんもかっこいいです」

ねえ、気になるって、言ってください

「…」
「ねえ、ノボリさん、私のこともっと気にして、私だけでいいでしょう?」
「…どうして」
「ナマエさんの後をつけたんですよ」

だってノボリさん、絶対に家の場所教えてくれないし

「私、こんなにノボリさんのこと愛してるんですよ」
「…」
「私なら、ノボリさんを満足させられます」
「…」
「ナマエさんとなんか、早く別れてください!」

段々と感情がたかぶってきたのか、涙をこぼし始めた女と対照にわたくしの頭はどこか他人ごとのように一連の話を聞くともなく聞いておりました
ああナマエ、なぜいないのです?時刻は23時をまわった頃でしょうか
さほどアルコールに強くない彼女がこの時間まで、しかもカミツレと食事を供にしているなど考え難い
ナマエ、わたくしの愛しいナマエ

「ナマエさんなら、もう来ないと思いますよ」
「は」

わたくしの心を読んだかのように妖艶な笑みを浮かべた女が語り出す
わたくしに注意を向けられると、嬉々として先を続けました

「私、いつからここにいると思います?何のためにここに来て、何をしてたと思います?」
「…!」
「ノボリさん、もう邪魔は入りませんよ」

女がここで何をしていたかなんて、そんなこと明かりがついてすぐに予想はついている
一糸纏わぬ姿で黒いソファに寝そべっていた女は立ち上がると部屋へと歩を進めず固まっているわたくしのもとへと歩み寄ってきた
自分の家で見知らぬ、この女が自慰しているのをナマエは見たのか、それとも聞いたのか
どちらにしろ…―

「続き、してください」

女はわたくしの手を取り既に濡れそぼった自らへと添わせるように引き寄せた

「やめてくださいまし」

手を振り払われた女が目を見開く
いやらしい笑みが顔から消えました
女に触れられた部分からじわじわと広がっていくようにおぞましさを感じる
それが頭まで到達し吐き気さえ感じられた

「なんで、ノボリさん、私こんなに愛してるのに」

ああ、そんな戯言を
わたくしを、愛せるものならば愛してみせればいい

「出て行ってください」
「っ…!なんでですか?!」
「なぜならここはナマエとわたくしの家であり、あなたはナマエではないからです」
「嫌です!」
「ああ、どうか自ら出口へと向かっていただけると助かるのですが」

わたくし、あなたの名前を呼び玄関にエスコートすることがかないませんので

「どこで手に入れたか存じませんが鍵は置いていってください」
「…」
「出ていけ」

ぱしん!と小気味いい音が耳元で鳴りました
名前も知らない女は口汚い雑言をわたくしに浴びせながら、わたくしの足元に落ちていた赤い花束を踏み、わざとらしい音をたてて出て行きました

「…また買ってこなくては」

花束を拾い上げる
千切れた花弁が床に点々と模様をつくっておりました
早くナマエ、あなたに受け取ってほしいのに
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