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『くっ、クダリ!大変です!!』
『どしたの?』
『あっ、あの方のっ!おおおお名前がっ!!』
『ちょっと落ち着いてよ』
『ナマエさまです!わかったのです、ナマエさま、でございました!!』
『は?』

シングルトレインから飛び出したノボリは立場もルールも無視して執務室まで全力で走って戻ってきた
興奮しきって肩で息をするノボリはいつもの滑舌のよさをどこかに置いてきたみたいだ

『ナマエって?どういう』
『ああ、素敵なお名前でございます!』

すっかり自分の世界に浸ってるノボリにはもうそれ以上何を言っても無駄だった



  『僕クダリ!君の名前は?』
  『は、はい!ナマエです』

ノボリは知らないかもしれない、けど、ナマエに先に会ったのは、僕だ







「おはよー」
「…」

ナマエを僕の部屋に寝かせたまま、僕は何事もなかったように出勤した
執務室に入ってみれば、とっくの昔に着いていたんだろう、ノボリは椅子に深く腰掛けて組んだ手に額を乗せ、自分の膝を見つめていた
僕が入ってきた音に一瞬、ドアに視線を向けたけど、僕の挨拶には答えずにまた俯く
目の下にまっくろな隈が刻まれた顔はまるで重病人だ

あは、そんなにわかりやすく落ち込んじゃってさ

「ノボリ、どしたの?」
「…なんでもございません」

あれ、言わないんだ
ナマエが帰ってこなかったって
真面目で素直で、ノボリに無断で外泊なんか一回もしたことない、あのナマエが

そんなになっちゃうくらい心配してるのにね

ああそっか、言わないんじゃない、言えないんだよねえ?
ノボリ、気づいてるんでしょ
どうしてナマエがいなくなったのか

弱りきって小さくなっている兄の背中を見て、僕は自分の顔が酷く歪むのを感じた
でも、それが怒りからなのか悲しみからなのか、それとも他の感情からなのか、僕にはよくわからなかった
わかっているのはそれが同情じゃないってことだけだ







『味方だなんて、簡単に言わないでよ!』

些か強引に自分の家に連れ込んだ後、温厚な彼女から半ば叫ぶように吐き出されたその言葉と次々と流れ落ちる涙で、僕は兄の不道徳を確信した
ああ、やっぱり
ノボリを疑うような理由も根拠も特になかったんだけど、僕は妙にどこかでそう納得していた

ノボリの異常な愛情は、一人の女の子が全てを受け止めるには重すぎる、と思う

なんにせよ、兄が浮気をした理由は僕には理解できない、これからずっと、理解できることもない、わかりたくもない

僕は黙ってナマエを抱きしめた

…二年前、こうして抱き合って、大勢の前で口付けの誓いを交わした幸せな二人を見て、僕は一生義弟でいることを決めた
双子の兄弟の三角関係なんて、今時安っぽいお昼の三流ドラマでも流行んない
彼女の幸せを踏みにじってまで、確かに愛し合う二人の間に入って行こうとは思えなかった
僕はナマエの幸せを、笑顔を願おう

泣きじゃくるナマエの背中をさすりながら、僕はそんな二年前の僕の中での取り決めを思い出した

ああ、ナマエ、ナマエは幸せ?
ナマエの笑顔が見たいよ


絶対に許さない
肉親でも、たとえどんな理由があったとしても、幸せと愛を誓ったナマエを裏切ってこうして苦しめている男を、絶対に許さない


目の前に置かれた姿見には女の子を腕に閉じ込めて汚く笑う男が映っていた
それがナマエに見えないように、僕は彼女の後頭部を僕の胸に押しつけた
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