ノボリの浮気を知ってから二カ月くらいが経った頃だったと思う
ライモンシティでナマエを見たのは
久しぶり、と声をかけるのをためらった
ノボリのことがあるから、なんとなく話しかけづらかったのもある
でも、それだけじゃない
一瞬、ナマエだとわからなかったのだ
ナマエはやせていた
もともとそんなに太っていた訳じゃないのに、何ヶ月間か会っていない私がはっきりわかるくらいに、病的にやせていた
やつれているといった方がいいかもしれない
ライモンには買い物をしに来たのだろうか
大きめの買い物袋を持ったナマエは、ボールからウォーグルを出して飛んで行った
荷物があるなら、なおさら乗ればいいのに、わざわざ地下鉄を避けるようにしていったナマエに、私は彼女が全て知っているのだと悟った
ジムに結婚を報告しにきた、幸せなナマエはもういない
照れたようにはにかむナマエ、バトルでは意外と強気に攻める彼女の、勝った時のこぼれるような笑み
私はナマエの笑顔が好きだった
ノボリなんてどうでもいい
でも、私は何とかして彼女の笑顔を取り戻したいと思った
私が、何かしなければいけないと思った
◇
「ナマエ、お節介かもしれないってわかってるの、でもね、」
「…」
「辛いんだったら、ノボリと別れなさい」
「…」
「いつでも私の所に来ていいから、私はあなたの味方だから」
「……カミツレちゃん、ありがとう、でもね、」
私、つらくなんかないよ
彼を愛してるの
彼と…別れたく、ないの
そう言ったナマエの目からはきれいな涙が次々に溢れだした
私は何も言うことができなくて、とにかく立ち上がって、彼女が泣きやむまで抱きしめた
◇
帰り道、冷たい外気で冷えた私の頭の中は余計に冷静さを失っていった
気付かないようにしてたのに、わからないようにしてたのに、あんな風に言われちゃったら、あんな風に泣いちゃったら、ノボリさんが本当に浮気をしていて、私がそれを認めてるみたいじゃないか
私はそれを頭から振り払うように高らかにハイヒールを鳴らして歩く
まだまだ終電には遠い時間で、ノボリさんはきっとまだステーションにいる時間帯だ
やっぱりノボリさんと会わなきゃいいなあ、なんて今度は来る時よりも強く思いながら、カナワ行きのホームに向かった
カナワで一番背の高いマンションのエレベーターに乗り込んで、てっぺんの階のボタンを押す
ひゅう、と上昇するこの感じはまだ慣れない
今日は飲み過ぎたのかもしれない、それも相まってか胃の中が浮くような、酷い吐き気に襲われる
チン!という軽快な音に促されて、エレベーターを降りた
暗い廊下にかつ、かつとヒールが刻む音だけが響いて反響する
寒くて、寂しい音だ
黒いワンピースの私は闇に溶け込んでいて、気持ちもそれと比例するように闇の中に沈んでいく
…カミツレちゃんは、なんであんなことを急に言ったんだろう彼女は、きっと、ノボリさんが何をしているのか本当の意味で知っている
『別れなさい』
すっぱりと出されたその言葉に、不思議と冷たい響きはなかった
…カミツレちゃんは、すごく優しい人で、でも、だからこそひどい人だ
それが私のために言ってくれた言葉だとわかるから、余計につらいんだ
自分自身のために唱え続けていたノボリさんを信じる言葉が、気持ちが、曇ってしまってもう二度と取り戻せなくなってしまったような気がした