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「いってらっしゃい、ノボリさん、気を付けてくださいね」
「ええ、行って参ります、ナマエ様」
「…今日も遅くなりそうですか?」
「…はい、すみません、ここのところ忙しくて…」
「いえ!私こそ、わがまま言ってごめんなさい、お仕事なんだもの、待ってますから、無理なさらずに」
「……ありがとうございます、ナマエ様、」


では、と言い残しノボリさんはギアステーションに出勤した

もともとトレーナーとして各地を転々と旅をしていた私は、家庭的な仕事というのがどうも苦手だった
しかし、それも二年も経ってしまえば変わるものだ
今は家事に専念する生活をしているため、さすがに家の仕事も大体はそつなくこなせるようになった
はじめのうちは何をするにも不器用で失敗ばかりの自分が恨めしく、つらかったものだ
特に料理など最初はノボリさんに何一つ勝てないレベルで(今でも勝てるかどうかはわからないが、)自分の女子力の低さに絶望したのを覚えている

でも、大好きな彼のためだと思うとつらくてもどこからか不思議と力が出てきて、今まで必死に頑張り続けることができた
いつだって寝坊していた私が、出勤が朝早いノボリさんのために毎朝4時に起きてお弁当と朝食を作ったり、ワイシャツのアイロンがけを皺にならないようにできるようになったり、二人が住むには広すぎる家の中を隅々まで掃除したり、ノボリさんに喜んでもらえるように、毎日凝った夕食を作ったり、

…どの記憶にも、ノボリさんとノボリさんを想う幸せな私がいて、ふと、悲しくなった
二年もたてば、本当にいろいろなことが変わってしまうのだと思った

ノボリさんは本当に優しい
出会った初めのときからいつだって私を気にかけてくれて、どうしてかわからないけど、なんでもない私のために、たくさん尽くしてくれた
何度もくすぐったくなるような愛の言葉を囁いてくれた
それは今でも変わらない

じゃあ、変わってしまったのは私の方なのかな?
私は、確かに、どうしようもないくらいに彼を愛してしまっている
でも、もう彼のことを信じることなどできなかった

ノボリさんはもう私のことを愛していない
いや、最初から愛してなんかいなかったのか
彼は優しいから、哀れな女のために情けをかけてくれているだけなのだ

彼が私の目を見なくなったのはいつからだろう
彼が、私に嘘をつくようになったのはいつからだろう


「ノボリさん…今日、結婚記念日だよ…」


本当は私も気付いている
彼が何をしているのか
彼を愛してずっと彼だけを見てきたから

でも、心のどこかで嘘だって、私が間違ってるって信じてるんだ
そうしないと、私は現実を見るにはあまりに彼を愛しすぎた
怖い、彼に捨てられるのが、どうしようもなく、怖い
自分から言い出せるはずなんてなかった
偽物でも夢でもいい、それだけが今の私を支えている

突っ伏したテーブルに涙が落ちた
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