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もう二年になります
交際していた期間を含めると二年半でしょうか、長い付き合いです

彼女はサブウェイの挑戦者でした
ええ、恥ずかしながら、わたくしの一目惚れ、でございます
わたくしそれまで恋愛というものをしたことがありませんでしたし、一目惚れなど相手の人格を否定しているような、わたくしにはありえない感情だと考えておりました
ですから、彼女との出会いは衝撃と言うほかありません

彼女は本当に強かった
彼女と初めて会ったのはシングルトレイン7両目でした
私は彼女のポケモンを二匹と見ることができませんでした
もちろんノーマルの車両ですから、わたくし本気を出してはいけない決まりです
それにわたくしは実は内心バトルどころではなかったのです

6両目と7両目をつなぐドアを開けおずおずと所在なさげにこちらに来た彼女を一目見たわたくしは、瞬間、頭頂部からつま先まで鋭い電撃が走るのを、確かに感じました
使い古された臭い文句であるのは十分わかっております、しかし、それ以外にこの感覚を形容する言葉をわたくしは持っていないのです
ああ、なんと可愛らしい、おびえたような挙動に、しかし、どこか好戦的でもある表情
ぎゅっと握りしめた手のひら、華奢な手足、潤んだ瞳
なぜか心拍数が上昇し、呼吸が早まるのを感じます
何も言ってこないわたくしを不審に思ったのか、心配そうにわたくしの顔を覗き込んでくる
ああ、いけません、それでは逆効果でございます


「…それでは、出発進行   ッ!」


大幅に短縮した常套句を叫び、その場を取り繕う
彼女は些か驚いたようでございました、これは、申し訳ないことをしてしまった
しかし、束の間、腰に付けたモンスターボールを片手に取り勢いよく投げあげました

初めて見た彼女の笑顔は、それはやはり、言いようのないほど素敵でございました
不謹慎ながらバトル中も彼女の全てを目に焼き付けようと勤しんでいたわたくしは当然バトルに集中することなどできなかったのでございます

これが一目惚れだ、と気付いたのは、これよりしばらく後になってからのことでございます

彼女と出会ってから、わたくしは悩みました
まずは自分が抱いている感情がわからずに大変苦しみました
先に申しましたとおりわたくし恋をしたことがございませんでしたので、彼女に対して感じている感情の意味を、理由を、名前を知らなかったのです
ただ、彼女がいないときもずっと彼女のことを考え、会いたいと強く思いました
彼女がサブウェイに来た際には誰よりも早く彼女を見つけました
しかし、どうしても自分から彼女に話しかける気にはなれず、彼女がわたくしのもとへと辿り着くのをただひたすら待っていたのでございます(ただ、彼女が辿り着いたとしても、特別何をするわけではないのですが、)

そしてその感情はついにわたくしの業務に支障をきたすようになりました


「ノボリ、変!はーはー溜息ばっかついてうざいし、全然仕事もしてないし、一応聞くけど何かあったの?」


……まさか、この愚弟に、仕事をしていないなどと諭される日が来るとは思いませんでした
クダリは私の向かいの自分のデスクにぞんざいに足を投げ出し、なんとも面倒くさそうに尋ねてきました
走らせていたペンを止め、態度のいい弟をじりと睨みます
しかし、クダリよりはまともに働いているものの、この弟が言っていることも事実であるという自覚はございます
このような弟でも何かの役には立つかもしれません、もともとクダリに隠し事をする必要もございませんので、わたくしは半身に、わたくしにこれまで起こった事を全て話しました


「…ノボリ」


わたくしが少しばかりの興奮を交え、彼女の話を終えたとき、クダリが心底憐れむような冷めた眼でじっとこちらをみつめているのに気付きました


「その歳で初恋は、ないわ」


最初わたくしはクダリを否定いたしました
これは恋愛感情であってはいけないのです、なぜなら、わたくしと彼女は、会って間もない
さらに、単なる駅員と挑戦者という関係です
お互いにお互いのことをなにも知らない
それなのに恋愛感情を抱くなど、不謹慎極まりありません

…まあ、ここでわたくしのその、長い葛藤の話をすることもございませんか
端的に言うと、わたくしは段々と自分の感情を否定することがつらくなったのでございます
彼女への思いは日に日に強くなっていくばかりで、ますます仕事はてにつかない、部下にさえ心配される始末

しかし、わたくしを遂に突き動かしたのは、他でもない彼女でございました


「ノボリさん、あの…顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」


7両目、無言の空間を隣に座る彼女の一言が切り裂きました
ああ、彼女を心配させてしまった、いや、わたくしのことを気にかけてくださるなんて、なんとお優しい方なのでしょう、それより、なんということでしょう、彼女がわたくしに言葉をかけてくださったのはこれが初めてでございます、やはり、声も可愛らしい、甘く痺れるように鼓膜から脳へとつたっていって、わたくしの全てを癒してくださいます、素晴らしい


「ありがとうございます、わたくしはなんともございません、それより、」


ああ、わたくしは、隣に座るこの女性のことがどうしようもなく好きなのだ

そのときになぜかすんなりと理解いたしました
認めてしまえば、今までの苦しみは嘘のように晴れていきます


「貴女のお名前を教えて下さいまし」


そこからは非常に速かった
今思えばわたくし少々強引に事を進めてしまったように思います
告白もプロポーズもわたくしがさせていただきました
まあ、問題はございません
わたくしは彼女をこれ以上無いほどに深く、深く愛しておりましたし、彼女もまたそれに応えるようにわたくしについてきてくださいました

惚気話はこのくらいにしておきましょう
わたくしが言いたいのはただこれだけなのです

わたくしは、この世界の誰よりも、ナマエ様だけをお慕いしております、確かに、深く愛しております
そしてそれは昔もこれからも、もちろん今も決して変わる事はございません
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