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「おーう皆の衆!我らがボスのお出ましやぞ!!」
「お疲れ様でーす!」
「何この戦場!ちょっと、」
「ほれほれ、駆けつけ一杯!」
「あなた達どれだ、んぶっ!」

「無礼講無礼講!」豪快に笑いながらクラウドがノボリの口に突っ込んだボトルには『鬼ころし』なんて凶悪なラベルが貼ってあった。無礼講って上司の台詞じゃないの。被害にあわないようにノボリを犠牲にしてすすっと座敷に上がる。そこら中に散らかるボトル。倒れたそれをいくつか拾い上げて隅に並べる。
久々の連休を前に、駅員たちはこの飲み会をすこぶる楽しみにしていたらしい。休み前の細々した残務処理を終えてから来てみれば、既にほとんど全員ができあがってる。まあたまにはこういうのもいいか。…楽しそうに顔を赤くさせる駅員たちを見渡して沸いたそんな気持ちは、しかしすぐに霧散した。

「ちょ、ちょっとナマエ何してるの?!」
「あー、クダリぼしゅ、ボス。お疲れ様れ、です」
「そうじゃなくて!ああもうダメ!何コレ?!」
「芋焼酎ですよ、クダリぼしゅ、ボ、しゅ、も飲みますか?」
「ダメっ!あーもう何でキミが飲んでるの!」

あ、諦めた。舌がもつれるのにいらいらしたのかナマエは眉間にぎゅっとシワを寄せた。
座敷の中ほどで耳から首から頬から、見える部分を全部真っ赤に染め上げてナマエはひたすらグラスを傾けていた。慌ててどたどた畳を踏み鳴らして駆け寄る。僕が話してる間もへらへら笑いながらお酒を口に運ぶナマエからグラスを奪いとって一気に飲み干した。

「うわ、結構強いし…」
「あー飲んだ!クダリボ、しゅ、が私の飲んだ!う、」
「もー誰ナマエ呼んだの!正直に手ぇ挙げて減給する!」
「誰も挙げないと思うのさ」
「ひどい、私、のけものにするつもりなんですか、ぼしゅは呼んでくれないんですかそうなんですねもうわたし飲みますくらうどさん!」
「おう何じゃナマエ!」
「にほんしゅロックで」
「やめてクラウドいい、頼まなくていい!」

ひどい絡み酒だ。感情が高ぶる面倒臭いタイプの。頭を前後左右に揺らしながらナマエはぐしゅぐしゅ何か呟いてる。あー聞こえない。日本酒ロックとビールを頼むクラウドの隣にジョッキを傾ける妙に目が据わったノボリが見えたけど、僕は何も見なかったことにした。

「はいはいわかったからナマエはこっちね」
「あ、ぅ」

ずぼっと脇の下に手を突っ込んで立たせる。へろんへろんに力の入っていない身体を自分の足で支えるつもりはないらしい。宇宙人を連行するような気持ちで僕はナマエを壁際に引きずった。宇宙人を連行したことなんてないけれど。

「ずるずるー」
「はい座って、大人しくしてね」

壁際に座っていた駅員を寄せてナマエを降ろす。壁と挟むように僕も腰を下ろした。座布団…ない。仕方ないか。落ち着かないうちに端の方から日本酒ロックのグラスが回ってきた。手から手にリレーされたそれを僕のところで止めて口をつける。日本酒よりビール飲みたいのに。

「お酒ー」
「お酒はもうありません」
「からあげー」
「唐揚げ?食べるの?しょうがないな…」

引き寄せた皿から二個取り分けてナマエの前に置く。とろんととろけた目のナマエが、「あーん」……それはさすがにまずいんじゃ。でも金魚みたいにぱくぱくする口と締まりのない顔に色気なんて無かったから、僕は取り分けた唐揚げを一つ、つまんでナマエの口に突っ込んだ。

「んぐ、おっきい、でふよ」
  っああもう!もう!僕が悪かったよ!」
「ん、クダリぼひゅ、怒ってるんですか?」
「すっごく怒ってる」
「おせっきょー、するんですか?」
「そうだよ」
「えへへ」
「ほんとにわかってるの?」

「ぼしゅ、ぼ、す、つくね食べたいです」確実にわかってない。塩とタレとあるけど…塩でいいか、腕を伸ばして串を取った。串、危ないかな。指で一つ抜き取ったつくねをナマエの口に持って行く。

「あのね、今何時かわかってる?」
「んぐ、む、12時くらいですか?」
「割と正確!ダメでしょ女の子がこんな時間までこんな場所で飲んでたら!」
「もいっこ…んむ、だいじょーぶですよー、ん、だって、みんないますよ?」
「みんなってねえ、君以外全員男なの!わかる?!」
「だあーいじょーぶですよー」

へらへら笑って。胃の底の方からむかむかしたものがせり上がってくる。何が大丈夫、だよ、もう。むかむかを飲み下すように日本酒を煽った。ら、グラスをがっしり掴まれた。

「んぐっ、げっほナマエ!こら、やめなさい!」
「やだやだずるいです!」
「あっちょ、零れる、」

ナマエの手が届かないようにぐぐ、と腕を上に伸ばせば、ナマエはむっと顔をしかめた。油断ならない。「めっ!」小さい子どもにするみたいに強く言えば、ナマエはさらにぶすくれて、瞬間、僕によじ登った。

「あっ危なっナマエ!」
「んー」

グラスを握る僕の手をしっかり握って、口をつけたナマエはこくこくと急いで嚥下する。少しの間呆然としていた僕は慌てて手を振り払った。

「何してんの!お馬鹿!」
「おいし、  

かくっ。びっくりするくらい一瞬のこと。幸せそうな顔を僕に向けて、ナマエは僕の肩に凭れた。……えっ、何、どういうこと。

「働きづめでしたからねぇ、ナマエも」
「うっわ、ノボリなんでここにいるの」
「お二人で何やら楽しそうでしたので」

がじがじ枝豆を食べながらじっとりノボリが僕を見据えた。あ、座布団二枚も敷いてるし。ちょうだいよ。

「お疲れだったのでしょうね」
「だったらなおさらこんな飲み方…」
「とどめはあなたが刺したように見えましたが」
「違うよ!」
「…ねえ、そんなに心配なら、送って差し上げればよろしいでしょう」
「は…は?」
「女性がこのような時間にこのような場所で飲むとどうなるのか、教えてやればどうですか」
「……ノボリさいてー。けだもの」
「どう見ても据え膳でしょうが!」

ナマエだけが僕の肩ですぴすぴ平和な寝息をたてている。ナマエが口をつけた日本酒に伸ばされたノボリの手を払って、ぐび、流し込んだ。僕は紳士だから、酒に潰れた部下に手を出すような真似はしない。酔いのせいにして襲ったりもしない。ただ楽しい夢でも見てるのか何も知らずにふわりと笑ったナマエがどうしようもなく憎たらしかったから、こちらに向けられた額にひっそり唇を寄せた。仕方ない。仕方ないから送ってあげるけど。そういうつもりは全然ないからゲスい顔で笑うノボリをなんとかして欲しい。



午前1時のシンデレラ
お酒の魔法が解けるまで、王子さまで



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