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「どーしてこんなにややこしくてメンドウなコトになったのかなァ」
「ワタクシのせいではありません」
「どう考えてもインゴのせいじゃん!あのさ、ヒトのままで生かしてって言ったよネ?聞いてた?」
「既に半死でしたからこうするほかありませんでした」
「…前もソウ言ってゾンビ増やしたよねぇ?」
「いいじゃないですか、アレは本当に処女だったのですから。まああんなバカみたいな反応をされれば答えずとも処女だとわかりますけどね」
「……悪かったですね、バカみたいな処女で」

悪口は本人がいない場所でするべきだ。ふわふわした意識の中で、おそらく多分いや絶対、私を馬鹿にする言葉が耳に入って、私は思わず言い返した。自分が今どこで何をしているのか確認することを差し置いて。

「バカみたい、じゃなくてバカで処女だもんネ。オハヨウナマエ」
「バカバカうるさいですよ…うわ、」

目を開けてみれば、室内は程よく薄暗かった。程よく、薄暗い?とにかくはっきりといろいろなものが見えた。例えば白いベッドに横たわる私。ものものしい拳銃。大の苦手な上司。が二人。目をこする。減らない。やっぱり二人。

「……何を聞けばいいのかよくわからないんですけど、あの、私生きてるってことでいいんですか」
「半分正解ですね」

上司の顔の一人が口を開いていつになく慇懃に曰った。  この人の声は、そうだ、そういえば、私が最後に聞いた声。

「そして半分は不正解です。オマエは呼吸し、考え、活動するコトはできますが、老い、生殖し、朽ち死ぬコトはできません。そしてその食指が動くのはもうただ一つのモノにのみ」

どこからともなく取り出したナイフの刃を展開して、その人は自分の腕に何の迷いもなく突き立てた。ぞわ、背筋に何かが駆け上がって、肌が粟立つ。なに、これ。

「欲しいですか?」
「っ…!」
「半日ほど眠っていたのです。喉が渇いたでしょう」
「あ…こ、こないで」
「遠慮せずに」
「…ボクはやめといた方がイイと思うけどな、ナマエ」
「黙りなさいエメット」

差し出された腕に伝っててらてらと光るその赤く美しい雫から、目を離せない。ごくり、唾液を嚥下する。つう、一筋の赤い線を描いて、その一滴が、床に、あ、もったいな、い。

「ン、んぅ!んむ、っは」
「…はしたない」

甘くて滑らかで喉を通る度に温かく全身を巡る、その一滴に吸い付いて口に含んだ瞬間に、この上なく幸せな感覚を味わった。夢中で赤い跡を舐める。何してるの、やめようと思うのに、身体が別の生き物になったみたい。鋭利な傷口にたどり着いて唇を寄せたとき、大きな手のひらが私の額を押さえた。

「もっと上品に飲みなさい」
「っ、す、すみません」
「まあいいでしょう。コレで盟約は成立です」
「…?」
「ワタクシはインゴ。ワタクシの身体にはオマエの血が、オマエの身体にはワタクシの血が一度巡りました。血の盟約を結んだオマエはワタクシの眷族です、ナマエ」
「え?…えっ?」
「だからやめとけって言ったのに」

ハァ、大きなため息を吐いたエメットボスが頭をかきながら面倒臭そうに口を開いた。

「今キミがどうなってるかわかってるの」
「えっいや、いまいち、よく…」
「簡単なハナシじゃないんだヨ」



淡々と言う。あの女の人が、屍鬼という生き物だったということ。本来は理性がなく本能のまま血を求める種族なのだとか。それがあの人は妙に狡猾で、計画を立てて女性のみを狙う屍鬼だったから探すのに手間取った、らしい。「純潔を保たない者が噛まれるとああなります」「へー…」そんな屍鬼の行動パターンから、次に私が襲われる予想を立てたエメットボスがインゴさんに後をつけさせた。「結果私襲われましたよ意味ないじゃないですか」「マヌケのくせに変に鼻が利くから近づけなかったのですよ」それで?今、私が?

「…ヴァンパイア?」
「それもそのインゴの眷族」
「はあ…」
「信じてないネ」
「いや、信じてますよ。実際血、おいしかったですし、半日でお腹の穴塞がってますし。でも、現実味がなさすぎてどうしたらいいのやら…それに眷族ってなんですか」
「ワタクシがオマエのボスで、オマエがワタクシの下僕というコトです」
「はあ…?」
「血の盟約は固いんだヨ。インゴの命令にキミはほとんど背けない」
「えっ」
「まァがんばってネインゴ鬼畜だけど見た目通り」
「ちょ、待ってエメットボス!」
  オマエのボスはワタクシです、ナマエ」

見た目、同じじゃないですか。二人は兄弟なのかエメットボスはヴァンパイアなのか。私はこれからどうなるのか。
灰青の虹彩の中に浮かぶ瞳孔は凶暴な赤色を湛えていた。射抜かれて、動かなくなる全身。


「は、い」
「よろしい」


満足げに細められる目。頭に乗せられる大きな手。髪に通される指。そんな子どもみたいな扱いを心臓が跳ねて喜んだから、とりあえず私はこの人の言うことを聞くほかないのだと悟った。
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