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「ナマエー!」
「いらっしゃいませ、クダリさん」

勢いよく扉を開け放ったクダリさんは、まっすぐにいつものカウンター席に座った
今日はお一人のようだ

「お任せでもいい?」
「もちろんです。お食事はお済みですか?」
「うん、食べてきた」
「かしこまりました」

例の、ペルノのボトルを取り出した
それにドライジンとウイスキー
同じだけシェイカーに入れてよくシェイクしたそれをグラスに注ぐ
眩しい太陽の色のカクテル

「アースクエイクです」
「ありがと」

受け取った彼は迷いなくそれを口に運んだ
…目が覚めて震えるほど強いお酒なんだけど、彼には関係ないんだろう

「んーっ!すっとするね!おいしい」
「ありがとうございます」

顔色一つ変えずにクダリさんはグラスを傾ける

早々に飲みきった彼はカウンターにグラスを置いて、鞄の中を探り始めた

「あの、ね!実は、ナマエに受け取って欲しいものが、ね…あった!」
「?」
「出ておいで」

クダリさんがごそごそと取り出したその赤と白のボールは、さすがの私も知っている
クダリさんがボタンを押し込めば、軽快な音と一緒に赤い光につつまれて、その子は飛び出した

「…あ、もしかしてここ、ポケモン禁止だった?」
「いえ、大型の子でなければ問題ないですよ」
「よかった」

クダリさんの手のひらの中で、その…小さい黄色のふわふわはぷるぷる小刻みに震えていた

「え、と…この子は」
「バチュルっていうの。電気タイプ」

太陽の色
クダリさんはその手をすっと私に伸ばしてきて、私は少なからずうろたえた

「あの、どういうことですか?」
「ん?ナマエ、ポケモン持ってないんでしょ?」
「ええ、でも」
「それで、一人で夜中に帰っちゃったりするんでしょ?」
「…ノボリさんから?」
「へべれけのノボリって簡単に口割る」

クダリさんが笑って言う間も小さな太陽の毛玉はぷるぷる震えっぱなしで、私はいささか心配になってきた

「その子…バチュルちゃん、大丈夫ですか?寒いのかな」
「バチュルはぷるぷるしてるのが普通だよ」
「あ、そうなんですか」
「それでね、ナマエ。この子がいれば安心」
「つ、強い子なんですか?」
「同じ種族の中なら相当強い個体だし、育てればまぁ大体は相手にならなくなると思うけど。今でも人間相手なら余裕、大きい相手なら糸はいてフラッシュすれば十分」
「わぁ…」

見かけによらずたくましい子なんだ
私はしばらくその小さな塊に見入ってしまった、けれど、首を横に振った

「…でもクダリさん、いただけません」
「どうして?」
「そんな大事な子、私にはお預かりしてもきちんとお世話できないです」
「ノボリにもそう言ったってね」

クダリさんは眉尻を下げて苦笑した
バチュルちゃんは相変わらず震えている

「バチュルはもともと夜行性、ナマエが寝てる間は寝て起きてる間は起きるよ。この子は特に、生まれたばっかりだしね。体が小さいからそんなに食べないし、僕らが店に来たときには世話する。それでもナマエがダメだって思ったら、その時は僕が引き取る」
「でも、それじゃ…」
「ナマエのこと心配なの、ノボリだけじゃないよ。この街で夜の一人歩きはありえない、ナマエ」

真剣な声でクダリさんは言った

「僕のためだと思って、ね、バチュルもナマエが心配でしょ?」
「……ばちゅ!」
「いけーバチュル!」
「えっ、きゃっ!」

ぽん、とクダリさんが手のひらからバチュルちゃんをけしかけて、真正面にいた私は飛び移ってきたバチュルちゃんを顔面で引き受けることになった
頬に一瞬ぴりぴりした感覚がして、びょんと私の肩に飛び乗ったらしい
耳元でばちゅばちゅ、鳴き声と、小さな振動が伝わってくる

「ナマエったらバチュルのファーストキス奪った!」
「えっ」
「ばちゅー」
「ん、お姫さまを守るんだよ」

どんどん話が進んでいって、クダリさんが指先でバチュルちゃんを小突いたらバチュルちゃんは威勢良く返事をした
スカイブルーのうるうるした四つの目が不意に私に向けられて、私は何も言えなくなる

「…本当に、何をしてあげたらいいのか、わからないんですけど…」
「帰り道でそんな風に出してあげて。基本的にボールにしまってて大丈夫。雑食だからなんでも食べるけど、1日にりんご半分くらいしか食べないよ。できるだけ僕らが用意するけど、何か欲しがったら果物でもあげれば喜ぶ。あとはコンセントには近づけないことかな」
「コンセント?」
「電気代がびっくりなことになるから」

ぴりぴり、バチュルちゃんが私の首に体を寄せた
温かくて、ふわふわしていて、

「…本当に私のところに来ていいの?」
「ばちゅ!」
「交渉成立、だね」

クダリさんは嬉しそうに笑った


コニャックにカルーア、それに生クリームを取り出す
シェイカーに適宜入れるのを、バチュルちゃんはじっと見ていた
なるべく肩を揺らさないように、しっかりとシェイクする

「…心配してくださって、ありがとうございます」
「んー、勝手にしたことだから」
「よろしければ」

濃厚なクリーム、滑らかな舌触り、絡め捕るような魅惑的な甘い香り
普段ならクダリさんにはお出ししないような甘口のカクテル

「これは?」
「…スパイダー・キッスです」
「ふふ」

上品な所作で水面に口をつけて、妖しく目を細めるクダリさん

「僕のバチュルだから、ちゃんとナマエを守ってくれる」
「ありがとう、ございます」
「ね、ナマエ。男は簡単に部屋に上げちゃダメ、だよ?いくらノボリでもね」
「あ…」
「次は無い。バチュルにやっつけてもらうから」

「ね、バチュル」
「ばちゅ!」

バチュルちゃんは私の項に小さな鼻先を押し付けた



▽アースクエイク
ドライジン、ウイスキー、ペルノを同量氷と一緒にシェイカーに入れ、よくシェイクする。
…かなり鋭く辛口で強い。刺激的で震えるようなお酒。

▽スパイダー・キッス
コニャック(ブランデー)、コーヒーリキュール、生クリームを同量よくシェイクする。
…甘口で滑らかな舌触り。薫り高く魅惑的なお酒。
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