首を絞めるのが好きだった。
私じゃない。私じゃなくて、ノボリの話。だから、何で好きかと聞かれても困る。
もちろん自分の首を絞めてよがるなんて自給自足の趣味ではなく、そう、趣味的にノボリは私の首を絞めた。
「っ、ぼぃ、も、くぅ、ひ」
「ええ、ええ!もう少し、辛抱してくださいまし!」
そろそろ死ぬ、冷静に。ノボリは慣れなのかなんなのか、私が意識を手放すタイミングを見計らったように手を緩める。
「っか、ぉえ、はっぁ、あふ」
「あぁナマエ、苦しかったですか?」
だから苦しいって言ってんだろこの唐変木!でもそんな文句も急に堰がきられた喉では「かはっ、はーっ…んっ、あほぉ…」何ともなよなよしいものに変換される。ノボリはおざなりな罵倒でさえ嬉々として受け取った。
何かがおかしいと思ったのは付き合ってすぐのとき。
熱烈で情熱的な告白を受けて、半ば押され気味にノボリと付き合い始めた。今になって思えば告白の台詞だって、「貴女が目に見えるところにいないと、わたくし平静を保てません」割と重い。結構重い。
そうやって立てかけた板にゆっくりと体重を乗せていくように、ノボリは段々と私に要求した。帰ったら電話してください。休みの日は空けてください。帰る前に駅に寄ってください。朝は一緒に通勤してください。他人と電話しないでください。一緒に住んでください。仕事をやめてください。首を、絞めさせてください。
許可を求めるだけましなんだろうか。
ノボリは確実に頭をやられちゃってるけど、私も大概頭がおかしい。麻痺している。そんな要求を渋々にせよ受け入れるくらいには、この男のことを愛していた。
ノボリは首を絞めた後決まって溢れる幸せを噛みしめるみたいに、我慢できないといった風に綺麗に笑う。まるで私を愛しているように。私はその美しい笑顔がどうしようもなく愛しいのだと思う。よくわからない。ノボリを理解しようとすることはいつからかやめてしまった。その頃から、自分のこともよくわからなくなった。
私のお腹に馬乗りになっているノボリが上半身を倒して私に覆い被さった。まだひゅうひゅうと必死に酸素を取り込む私の頬を、慈しむような手で撫でる。すり。
「愛しています、ナマエ」
言葉と一緒に上下する喉仏をじっと目で追う。そんな軽薄な言葉では満足できない。もう。わかってるくせに。
「ね、ノボリ」
「なんです?」
「首、絞めさせてよ」
ぼこりとでっぱった喉仏はするりとした滑らかな皮膚に覆われて、なかなか愉快なさわり心地だった。そっと親指をそのでっぱりの少し上に当てて、指の関節のカーブを存外太い首にぴったりと添えた。どくり、どくり、血管を力強く血流が流れる。
「ええ、喜んで」
ぐぐ、力を入れる。ノボリは頬を紅潮させて、私が愛した極上の笑みをくれた。頭おかしい。誰が。私の指を押し返す弾力のある肉。苦しいのか嬉しいのか決められない表情。はぁっ、ぐっ、ぐぅ。頭おかしい。
なるほどこれは、やめられない。
せいさつよだつ
生かすことと殺すこと、与えることと奪うこと、すべての命運が思いのままであること。