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煌びやかな電飾は当たり前ですが朝方にはついておらず、暗くおとなしくそこに佇んでおりました
眩しく太陽に照らされるカラフルな蛍光灯はまるでちゃちなおもちゃのようです
細かな埃がきらきらと朝日に瞬き、それがこの建物をより一層、安っぽい雰囲気に貶めている

澄み切った空と朝の空気は私の心を嘲笑うようで、ただただ苦しい
いつもは地下にいるこの時間にこうして正しく場違いな場所にいるわたくしを、何か凛としたものが責め立てる

足早に正面の入り口を通り過ぎ、直接裏口へ歩を進めました
このジムの仕掛けは、朝から一人で突破するにはいささか、抵抗がありますので

わたくしはこの建物ではなく、ここを管理する人物に用があるのです




「…いらっしゃい、おはようノボリ」
「おはようございます」
「挑戦、って訳じゃなさそうね。裏口は開いてた?」
「この顔はこの街では鍵のようなものですので」
「もう一度、ジムトレーナーには関係者の定義をしっかり教える必要がありそうだわ」


客間に通されたわたくしを、十数分して、待っていたその人物が訪れました

カミツレとは昔馴染み、長い付き合いでわたくしに歯に衣を着せぬ物言いをする数少ない人物でもあります
確かに気の置けない仲の彼女ですが、だからこそ、そのわたくしに向ける感情の色の変化はよく読めました

固く、鋭い声音に突き放す温度のない言葉

ああ、カミツレは、カミツレも、知っているのです
どこまで?それはわかりません、しかし、知っている方が都合がいい、手間が省けます


「単刀直入に聞きますが」
「…ええ、答えられることなら」


  ナマエを、どこにやったのですか」


わたくしは初めから、こうするべきだったのです



*




がたがた、電車の振動も、僕を恍惚とした余韻から引き離すことはできない

可愛いナマエ、僕のこの手が、あの肌に触れて、一瞬でも心を、身体を、奪ったことは夢じゃない、絶対に
だって滑らかな象牙の曲線を滑る感覚が、僕の名前を必死に呼ぶナマエの艶やかな声が、僕を、くいしめて離そうとしない蠢く壁の気持ちよさが、はっきりと僕の中に残って未だくすぶっている
体の芯が熱くなってぶるりと震えた

目を閉じる
目蓋の裏には、赤い林檎みたいなほっぺを濡らして、必死に快感に堪えるナマエの姿
僕の
僕の、ナマエ




「おはよー」
「おはようございます、クダリボス」


事務室には帰り支度する夜勤の駅員と出勤してきた職員が何人か朝の仕事の処理をしている
いつも通り、変わらない忙しい朝
軽く挨拶して、自分のロッカーを開けて、コートを取り出して、

そこで僕は違和感を覚えた
……なに、なんかおかしい


「…ねえ、きみ」
「は、はい、どうしました?」
「あのさ、ノボリどこ行ったの」


おかしい、ノボリはこの時間、朝礼が終わるまで事務室で引き継ぎを手伝ってる、はず
そのぴしりと張った声が聞こえない、どこかいつもより慌ただしいのは、統制がとれてないからか


「あれ?クダリボス、本人から聞いてないんですか?」
「なにを?」
「ノボリボス、今日はお休みを取られてますよ」
「は……え?」
「クダリボスに伝えるの忘れちゃったんですね」


今日の早朝に、電話がありましたよ


「体調が優れないので、と。最近ボス、顔色もよくなかったですし」
「それ、で、他には」
「シングルマルチの21戦目と49戦目は繰り越しかポイントか選んでもらうように、と。細々した指示までされて、体調が悪いのに真面目ですよね」
「それで、あとは、あと、」
「え?えー…あぁ、クダリボスがいれば大丈夫でしょう、って。今日も忙しくなりますけど、頑張りましょうね」




あ、だめ、だめだめだめ

気づいた、きっと、ノボリは
僕がいない間に、また、持ってっちゃうんだ
勝手に、僕が先、僕のなのに、ノボリはまた自分のものにする

だめ、それだけは本当に、だって僕は……ナマエは、それを望んでない
ナマエは、僕を選んだ
ナマエを悲しませるノボリより


「………ダブルも、おんなじようにしてくれる」
「えっ?なん…クダリボス、どうしました?!真っ青ですよ!」
「具合、悪い。帰るね」
「ボス、取りあえず救護室にっ」
「いい。書類、デスクに置いといて、明日やる。どうしようもなくなったら、ノボリに電話して」
「で、ですが」
「ごめん、ね」


空に向かって謝った
全身がふわふわ浮いてるみたいにぼうっとして、とにかく、僕は帰らなくてはいけない、ナマエのいる部屋に

ばさりと着たばかりのコートを脱いだ
アーケオスのボールを握りしめて走り出す
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