main | ナノ
結局インゴさんとエメットさんと一緒に何人かの人とお話することになった
インゴさんの言う『息の詰まる人』とは、私がバーに立っている間にもうほとんどお話し終わったらしく、私がお会いしたのは二人が普段から懇意にしている方のようだ

「やぁインゴ君、エメット君。こちらの美しいご婦人は?」
「はじめまして」

大抵はそんな風に話が始まって、私が名刺を手渡して、私のバーについて二、三言交わした後「やっと二人にも色のついた話かな?」なんてお世辞と冗談から和やかにお仕事の話になる
少しは緩衝材として役に立てているのかな

二人のお仕事の話に熱心に耳を傾けるのもどうかと思ったので、私は何度か空のグラスとなみなみとシャンパンの注がれたグラスを交換してもらって、二人の側でにこやかにそれを口に運ぶ作業に徹していた(そのうちいくつかはインゴさんがミモザを作ってくれた)

パーティーの話を聞いた時点で二人が鉄道に関係する会社に勤めていることはわかっていたけれど、どうやら二人はかなり上の立場の人のようだった
二人とお話したい人はたくさんいるらしい、ただ立っているだけでも絶え間なく人がやってくる


…しばらくそうしているうちに、よくない飲み方をしてしまった、と思った
思ったときにはもう遅い
ずっと立ちっぱなしで、ヒールの高い靴で歩き回って、チェイサーもなしに飲みっぱなし  お酒には強い方だと自負しているけど、いつもなら何でもない量のはずなのにこめかみのあたりが少し痛む
おいしいシャンパンを出してくれるものだから調子に乗ってしまったようだ

少し控えよう、お水を頼もうと振り返った瞬間、足がもつれる
あ、まずい  タイトなドレスではうまく体勢を立て直せなくて、とっさに目をぎゅっと瞑った私を襲うはずの痛みと衝撃はいつまでも訪れなかった


「少し夜風にあたりに行きませんか」


持っていたグラスは抜き取られて、私の肩を抱いたその人が耳元で聞き慣れた声を小さく吹き込む
彼は私の腰を支えて、会場の出入り口に歩き出した





「すみません…ありがとうございます、ノボリさん」
「いえ」

高いビルなので外に出られるようなテラスはなく、私はノボリさんと会場ホールを出てすぐのエレベーターの横、窓の前の小さなスペースに設けられたソファにかけた
私を座らせてから従業員に窓を開けていいか聞きに行ったノボリさんは、お水を片手に持って戻ってきた

「少しなら開けて構わないそうです」
「すみません…」

ただただ恥ずかしくて申し訳ない
細く開けられた窓から冷たい風が入ってきて、私の頬を気持ちよく冷やした
ノボリさんは、屈んで私の背中をさすってくれている

「クダリから聞いたのです、ナマエ様がいらっしゃっていると」
「インゴさんにお願いされたんです。最初はコーナーバーにいました」
「ええ、急いでバーに行ったのですがもういらっしゃらなかったので、お帰りになったのかと思ったのですが…驚きました」

水を口に運ぶ
今頃酔いがしっかり回ってきてしまったようだ

「今日は一段と…その、美しいので」
「きれいなのはドレスですよ」
「ナマエ様にお世辞は言いません」
「ふふ、こんな格好をしたの、じつは初めてなんです。ありがとうございます」

ノボリさんの言葉はいつも、なぜかまっすぐ私の心の底に届く

慈しむように優しくさすられて、背中にノボリさんの大きな手の温かさがどんどん移ってくる
とても気持ちよくて、段々まぶたが重くなってきた

「…ひどく酔っていらっしゃいますね」
「シャンパン、たくさん飲んじゃったんです」
「帰りましょうナマエ様。お送り致します」
「ドレス、返さなくちゃ」
「どちらで借りられたのですか?」
「あっちの部屋です」
「あっち、とは…」
「大丈夫です、まだ。私、戻ります」
「いけません」

ノボリさんはぴしゃりと厳しく言った

「いいですか?ここに座っていてください。服と荷物を取って参りますから」
「でも…インゴさんとエメットさんに何も」
「わたくしが話をつけて来ますから、とにかくここで待っていてくださいまし」

そう言ってノボリさんの背中は会場の中に消えていった





一度まばたきをして、目を開いたと思ったらそこにあったはずの荘厳な扉も赤い絨毯もなくなっていて、あるのは見慣れたテーブルに磨き慣れた床だった
しばらく現状を理解できなくてまばたきを繰り返す
大きな扉も絨毯も視界に戻ってこない


「だから!説明してって言ってる!」
「モウしたでしょう。一度で聞いてください」
「…ナマエ様の週に一度のお休みをあのような催しに付き合わせた上、お疲れの身体にアルコールが早く回ったのに気づかなかったことへの反省の態度が全く見えませんね」
「まァまァ、キレイだったしイイじゃん」
「僕ナマエのドレス見てないもん!」
「プッどんクサー」
「ナマエ…起きましたネ」

インゴさんが私の方を見て指摘して、三人がこちらを振り返った
その場に上半身を起こすと、あちこちが軋むような音を立てる
体の下には店のソファ、上には誰かの…多分ノボリさんの黒いジャケットがかけられていた
何からたずねたらいいのか、どうしたらいいのか、4人がこちらを見て固まっている

「…ええと、おはようございます、皆さん」

エメットさんが噴き出した



「わたくしが戻った時にはもうぐっすり眠っていらっしゃったので、女性スタッフがお召し替えを」
「本当にすみませんでした…」
「気になさらないでください」
「パーティーがお開きになっても起きなかったからホテルの部屋でもとろうと思ったんだケド、あいにく満室でネ」
「ノボリが家まで送るって言うからみんな心配でついてきた」
「しかしホテルを出てから誰もナマエの自宅を知らないコトに気づくとは」
「ごめんね、ナマエの鞄からお店の鍵だけちょっと借りたの」
「いえ、私のせいなので」
「コノ4人のダレかの家で一晩、って言ったらノボリに殴られた」
「ノボリさん、ありがとうございます」
「ヒドイ!」

そんな経緯でお店に運びこまれたのにも気づかないほど深く眠ってしまっていたらしい
カウンターに立って、いつもお店が一番忙しい時間に差し掛かったところでようやく目が冴えてくる
ぐっすり寝て酔いも醒めたみたいだ

「今日は本当にご迷惑をおかけしました、ありがとうございます」
「いいモノも見られたし気にしないで!」
「エエ、付き合って頂けて嬉しかったですよ」
「インゴはもっと反省するべき」
「まったくです」
「皆さんはあまり飲まれていませんよね?一杯だけでも飲んでいかれませんか…?お愛想は頂きませんので」
「しかし、」
「飲みたいなァ、ボク今日あのビールとワイン二杯しか飲んでないし」
「ワタクシも口直しに」
「ノボリは一杯も飲んでないよ」
「…クダリと違ってわたくしは一杯でも飲めば帰宅ですよ」

スカイウォッカにコアントローを、氷を入れたシェイカーに注いでブルーキュラソーを少し加える
しっかりとシェイクしたそれを並べたグラスに順に注いだ

「きれいな青だね」
「いただきます」

青い海と空を思わせる透き通った鮮やかな青、スカイウォッカのスムーズで切れ味のいい辛口に二種類のオレンジリキュールがスッキリとした酸味を加えている、爽やかな一杯だ
ノボリさんに合わせて少し薄めに作ったけれどそれでも少しきつめのこのお酒は、その色のように気分を晴れやかにしてくれる

「明日も1日頑張りましょうね」

ちょうど日付が…曜日が変わろうとしている
インゴさんだけがグラスを片手に意味ありげに口角を上げた



○ブルー・マンデー
ウォッカ、ホワイトキュラソー、ブルーキュラソーを適量氷を入れたシェイカーでシェイクする。
…月曜日の憂鬱を吹き飛ばしてくれるようなスッキリした爽やかな味わいと鮮やかな色合い。一般的にはアペリティフ(食前酒)として好まれる。
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -