「あ、いた、インゴ!」
エメットさんと二人でしばらく会場を歩き回った
エメットさんの知り合いはどんどん彼に話しかけてくるし、私もお店で見るお客様に何人か出会って軽くお話もしたので、会場を探して回るのはかなりゆっくりになってしまった
私より頭一つ大きいエメットさんが先に自分の兄弟を見つけたらしい
彼が手を振る先を見れば、ダークカラーの礼服に身を包んだインゴさんが大股でこちらに歩み寄っていた
「探したよ、インゴ」
「コチラの台詞ですよ、まったく。どれだけ探したとお思いですか」
「ソレはこのお怒りのレディにも言えるのかな?」
エメットさんが私を引き寄せて、私はインゴさんをじとりと睨んだ
会場を歩いているうちに怒りはもう薄れてきたけど、やっぱり騙されたことに変わりない
「どういうことですか、インゴさん」
「やはり…美しい、ナマエ。ワタクシが想像していたよりずっと」
「っ質問に答えてください!私はただのバーテンダーとしてここに来たんですよ」
「しかしそうでもしないと貴女には来て頂けなかったでしょう」
ぐ、と答えにつまる
それは、自分に関係のないパーティーに誘って頂いたとして、頷きはしないだろう
「本当はもっと早くに迎えにあがる予定だったのです、ミス。どうか許してください」
「っ!」
「さ、コチラに」
インゴさんは私の空いている手をとって、かしづいて唇を落とした
軽く湿った音を残して離れていく
「そりゃないよ、インゴ。せっかくボクが見つけた花なのに」
「オマエよりはスマートにエスコートする自信がありますが。オマエが相手をするのはナマエではなくアノご老人の令嬢でしょう。大層オマエをお気に召したようですよ」
「うわっ呼ばないでよ!逃げたのに!」
「フン」
インゴさんが視線をやった先に、煌びやかな老人と綺麗な女性が小さな輪の中で談笑していた
エメットさんが苦々しく顔をしかめる
苦手な方なのだろう
「ナマエ、コチラに」
「あの…私、エスコートして貰いたかった訳じゃなくて、」
「わかっています。お詫びは後で致します。今一際美しい貴女に、謝罪の時間も惜しい」
「…でも、私場違いですよね?帰った方が」
「ワタクシが来て欲しくて半ば無理に来て頂いたのです…そしてその判断は間違っていなかった。貴女がいるだけで息の詰まる接待もどうにか耐えられそうなのですが」
「……」
「…いけませんか」
「……これからはこういうこと、嘘つかないでちゃんと言ってくださいね」
「検討します」
インゴさんは綺麗に微笑んで、ボーイを手招いてシャンパンを受け取った
「ひとまずお詫びのシルシに。どうぞ、ナマエ」
「…ありがとうございます」
「ナマエ、もうさっき一杯飲んでるヨ」
「おや、失礼。ワタクシシャンパンは飲みませんし…ああ、オレンジジュースはありますか」
「すぐにお持ちいたします」
「シャンパングラスに半分ほど、冷たいモノをお願いします」
「…?かしこまりました」
同じボーイにインゴさんが言いつける
パーティー会場には小さな子供も少しいて、そういう子たちのためにジュースもすぐ出せるように用意しているらしい
立ち去ってすぐにボーイはフルートグラスに半分のオレンジジュースという不思議な注文の品を持ってきてくれた
「同じシャンパンでは味気ないでしょう」
「インゴさん、やってくれないんですか」
「…自分でやった方が美味しいと思いますが」
「でもお詫びのしるしなんでしょう?」
「…参りましたね」
私の持っていたクープグラスを受け取ったインゴさんは、オレンジジュースに同じくらいのシャンパンを注いだ
何度かグラスを回して、一口飲んで私に差し出す
「貴女の眼鏡に適うかわかりませんが」
「ありがとうございます」
「ソレ、なに?」
本当はそのままでおいしいシャンパンに混ぜものをすることはあまりない
それでも、上品なシャンパンを少しカジュアルに、爽やかにした飲みやすいこのカクテルは多くの人に愛されている
「ミモザです、エメットさん」
黄橙のグラスを傾けて一口含む
淡い炭酸が舌の上ではじけて、豊かなオレンジと華やかな葡萄の香りが鼻を抜けた
うん、おいしい
「お詫びしたくなったらいつでも言ってくださいね、インゴさん」
「…かないませんね、ナマエには」
★ミモザ
冷やしたオレンジジュースに冷やしたシャンパンを同量加える。
…もとはシャンパン・ア・ロランジュと呼ばれフランスの上流階級に愛飲されてきたカクテル。『この世で最も美味しく、贅沢なオレンジ・ジュース』とも言われる。初夏に咲くマメ科のミモザの花に色彩が似ていることから現在の愛称がついた。