気品ある喧騒だった
イブニングドレスやカクテルドレスを身にまとった女性が行き来し、スーツの男性たちが会釈を織り交ぜながら話に興じていた
「シャンパン、それからマティーニを」
「わかりました」
銘柄は…見繕っていいのかな
ジンにベルモットを入れてステア、スタッフドオリーブのピンをグラスに沈める
クープグラスに星空の液体を注いで、二つのグラスをトレイに乗せた
ウェイターは軽く目礼してトレイを早足で持って行った
インゴさんの依頼に結局私は頷いた
『いい返事を頂けませんか』
私が電話する前にお店に来た彼にもう一度お願いされたのだ
素直に、頼って頂けたのが嬉しかった
会場はライモンで一番大きなホテルで、コーナーバーが備わっている広いホールは多くの人で賑わっている
邪魔にならない程度のちょっとしたスペースのバーだけど、それでもワインやシャンパンの種類と量は驚くほどのものだ
カウンター席はあるけれど座っていくお客様はわずかで、ほとんどはウェイターが注文を持ってくる
「シャンパンを二つ、それにロックを」
「はい」
まだパーティーが始まったばかりということもあり注文は少ない
会場をシャンパンやワインのグラスを持って歩いているボーイもいるし、冷たいものやそれ以外のお酒を飲みたい方でないとあまり注文はしないのかもしれない
ロックグラスにブレンデッドを注ぐ
炭酸がはじけるクープグラスを二杯トレイに置いたところで、カウンターに少し乱暴に手がつけられたのが視界に入った
「……なんでナマエがここにいるの」
「クダリさん?」
振り返ると、無表情のクダリさん
ウェイターは慌てたように深々と礼をしてトレイを手に戻っていった
「今日はお願いされてここのバーテンダーなんです」
「お願い?誰に?」
「ええと、インゴさん、です」
「インゴ?!知り合いなの!」
「え、ええ。よくお店にいらっしゃいます」
クダリさんは眉をひそめて、ちょっと怒っているようだった
今日のクダリさんはクラバットにグレーのベスト、かっちりとした礼服のジャケットを脇に抱えて、髪はいつものようにふわふわしてはいない
どうやらインゴさんのことを知っているらしい、同じパーティーに出席しているのだから当然かもしれないけれど
はぁー…、と大きく息を吐いてクダリさんはカウンターチェアに腰掛けた
「ナマエにはあんまり来てほしくなかったな」
「…理由を伺っても?」
「臭いでしょ、ここ。それに僕も」
首をかしげた
困ったように眉尻を下げるクダリさんは、いつも私が見ているクダリさんとは違ったけれど、変な匂いなんてしない
香水だってほのかに香ってくるだけで、むしろいい匂いなのに
「嘘と打算のにおい」
クダリさんはそう付け足して苦笑した
人の海の方に目をやって、憂鬱そうなため息
「こういうのほんとに嫌いなんだけど、出ない訳にはいかないからさ」
「お疲れ様です」
「バレるまでここでさぼっちゃお」
今度はいつものようににやりといたずらっぽく笑ったクダリさんに、私も笑顔を返した
スミノフとペパーミントジェットの瓶を出して、シェイカーに硬い氷と一緒に入れる
いつもより強めにシェイクしてグラスに注いだ
氷のフレークが浮いた水面がきらきらとシャンデリアの明かりを反射する
「どうぞ」
「ありがと」
ウォッカ・スティンガーとも呼ばれるこのカクテルは、針のように鋭いキレと洗練された清涼感、透き通った白の美しい色合いを合わせ持つ魅惑的なお酒
「うわあ強い、スッキリするね。これは…」
「ホワイト・スパイダーです」
くい、とグラスを傾ける所作はこの社交場に正しくふさわしいものだった
「おいしい、またお店で頼むよ」
「ありがとうございます」
「…ねえ、インゴの言うことなんて聞いちゃダメだよ」
「それは…」
「絶対ろくなこと考えてないもん、あいつ」
飲みきったグラスをカウンターに置いて静かに怒るクダリさんに、不意に、ライトブルーのカクテルドレスを着た女性が後ろから声をかけた
「クダリさん!ここにいたんですね」
「あぁ、君は…」
「まだお話があるんですけど…」
「うん、向こうでしようか」
立ち上がったクダリさんは落ち着いた白のジャケットを羽織って、女性をスマートにエスコートする
「ごちそうさま」
ふと振り返って言ったクダリさんの表情は、もう完璧な微笑だった
▽ホワイト・スパイダー
シェイカーに氷とウォッカ、ホワイトミントリキュールを入れてシェイクし、カクテルグラスに注ぎ入れる。
…30〜40と度数は高め。透き通った白の魅惑的な色合いと上品な清涼感が酔いを誘うカクテル。