同情だったのかもしれない、と思いました
あるいはくだらない正義感だったのかも
とにかく、今となってはそれが決して賞賛されるべき心情から生まれた行為でないことは理解できるのです
親戚の間で持て余された彼女を、わたくしは確かに、かわいそうだと思いました
若い内に過酷な運命を背負ったものだと
彼女を見捨てた他の親類を薄情だとも、できることは何でもしてやろうとも思いました
わたくしはただ、かわいそうな女の子を引き取るという美しい物語に酔っていたに過ぎないのかもしれません
「女の子、引き取るんだって?」
クダリがいつも通りの笑顔を貼り付けたまま問いました
わたくしは適性審査を終えて、二週間後には家にナマエが来ることになっていました
「ええ」
「なんで?」
「なんでとは…」
一瞬言葉に詰まりました
理由?
「決まっているでしょう?彼女を放っておけないからです」
「どうして?」
「クダリ、わからないのですか?」
「うん、だって他人でしょう?」
弟は実利主義者だったのかと頭が痛くなりました
同じような倫理教育を受けてきたはずですが
「クダリ、相手のことも考えなさい」
「うん、見も知らない男に引き取られて自己満足で養われるかわいそうな女の子」
「…クダリ、」
「反論できる?ねえノボリ、相手はポケモンじゃないんだよ」
クダリの目ははっきりと非難の色を示していました
「ひとりぼっち、かわいそうだから捕まえて、餌あげて、いらなくなったら逃ーがす、じゃ片付かない」
それじゃあノボリだって、他の親戚たちと同じ
クダリの言うことは理にかなっていると思います
では、あの子を放っておけと?見ないふりをして目を逸らせと?
それが果たして正解なのかわたくしにはわかりません、いや、正解などないのでしょう
「ならば」
売り言葉に買い言葉、といった勢いがなかったかと聞かれれば否定することはできないでしょう
ただそのとき、わたくしの頭にはいやにはっきりと一つの答えが浮かんだのです
「逃がさなければいい話です」
◇
「ノボリはさ、変わったよ」
ジョーカーは、あれからどんなに私がカードをきって紛らわせても、クダリさんにもう一度引き取られることはなかった
「ナマエちゃんを引き取ってから」
「…悪い意味で?」
「んー…僕にはちょっとわかんない、それがいいのか悪いのか」
クダリさんの残り二枚のカードを、そうする必要はないのにクダリさんにつられて私は真剣に選んでいた
「でもね、『いい人』ではなくなったんじゃない」
「ノボリさんはいい人ですよ」
「ノボリが君をそばに置いておくのは、もうはじめの善意だけじゃないよ」
私は引き抜いたカードと自分のカードから一枚、山に捨てた
クダリさんは最後の二枚になった私のカードをじっと見つめる
「それに、君も本当は気づいてる」
「……」
「怖くて手を離せないんでしょう?」
「……」
「大丈夫だよ、多分」
「…無責任」
「だめだったらここに来な、いつでも泊めたげる」
すらり、長い指が私の手から一枚カードを抜き取って、ひときわいい笑顔を見せた
「二人でババ抜きも、悪いもんじゃないね」
一枚残ったピエロは相変わらず泣き笑いしている
「これ、どうかな」
「やっぱり大きいですよ」
「しょーがないよ、諦めも肝心」
箪笥の奥底から発掘されたグレーのスウェットは、他に出された真白の絹のパジャマだったり薄いティーシャツだったりと比べたら、私の寝間着として適していた
絹はボタンを一番上までしめても胸元がすうすうしたし、ティーシャツは薄くて寒かった
スウェットも、鎖骨が丸見えだし裾がみっともなくだぼだぼだけど、うん、及第点
なんて失礼なことを考えながら、私はありがたくそれをお借りすることにした
「すみ…ありがとうございます」
「うん」
にっこり睨まれて、訂正する
「明日も学校あるんでしょ?」
「はい」
「荷物、朝ノボリから受け取って来るけど、何か必要なもの、ある?」
スウェットに着替えると、クダリさんが客間に布団を運んできてくれた
忘れてた、荷物のこと
「あの、部屋に置いてるかばんだけで…」
「じゃ、ノボリにそう言っとくね」
シンプルな、言い方を変えれば何もものがない部屋に布団を敷いてくれて、「おやすみ」クダリさんは部屋を出て行った
ごろん、と横になってぼんやり天井を見上げる
ノボリさんは私の…私にあてがったあの部屋に入るのだろうか
目を瞑るといつもと違う匂いが変に意識されて、うまく寝付けなかった
「おはよう!」
クダリさんは私のかばんを片手にドアを開けた
白いカーテンから漏れる光が眩しい
いつの間に、ノボリさんの家に行ったのだろうか
「おはよう、ございます」
「起きて起きて!顔洗って着替えてご飯!」
「はい…」
朝から元気なクダリさんは私にぐっとかばんを押し付けて部屋を出た
おかしいな、一緒に夜更かししたはずなのに
受け取ったかばんの中には、筆箱、教科書、ノート…それに、黒い包み
時計を見ると7時半を指していて、私は慌てて服を着替えた
「もうちょっと早く起こしてください!」
「えー、起こしてあげただけありがたく思いなよね」
「私ここから学校までの行き方わかんないですよ!」
「送っていこうか?」
「ポケモンでの登下校は校則違反です、ここがどの辺かだけ教えてもらってもいいですか?」
「えーっとねー…」
クダリさんはむぐむぐトーストを頬ばりながら適当に説明した
聞き取りづらいわ曖昧だわで何度か聞き直して、なんとなく行き方がわかったときにはもう出なければまずい時間で、私はお礼もそこそこに立ち上がった
「クダリさんはまだ出なくて大丈夫なんですか?」
「僕もそろそろ出ないとまずいかも」
「えー…とにかく、迷惑をおかけしてすみませんでした、色々、本当にありがとうございました」
「うん、もっと頼っていいんだからね」
「…行ってきます」
「行ってらっしゃい、ナマエちゃん」
玄関まで見送りに来たクダリさんは、優しい笑顔で私を見て、
「あ、賭けのこと、忘れないでね」
……忘れたふり、しようと思ったのに