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ゆさ、ゆさ
一定のリズムで体が揺れる
普段より高い目線が何だか怖くて、どうしたらいいのかわからずにクダリさんの首に回した腕にぐっと力をこめる

「ナマエちゃん、ちょっと苦しいかも」
「ご、ごめんなさい」
「よっこいしょ」
「降ります、重いですよね」
「ん?大丈夫、軽い」

私が大丈夫じゃない
「それに僕こう見えてムキムキだから」顔は見えないけどきっと笑って、クダリさんは私を背負いなおした

「家、すぐ近くだから」
「はい、すみません」
「いいよ、提案したの僕だし」
「選んだのは私です…ご迷惑をおかけして  
「一回聞いたから、もうすみませんは聞かない」
「……」
「こういうときは、ありがとうって言う」
「…ありがとうございます」
「うん」







「ただいまー」
「お邪魔します」

クダリさんは片足ずつぶんぶん振り回して玄関に靴を脱ぎ散らした

「あ、の」
「とうちゃーく」
「ぅわ!」

パチパチ電気をつけながらずんずん部屋に入っていって、ソファに無頓着に降ろされる
「私、くつ!」「あー忘れてた、脱いで脱いで」「えぇー…」クダリさんは屈んで私の踵に指を突っ込むと、ずぼっと靴を抜いた

一つ一つ適当な割に、意外にも片付いた部屋だと思った
てきぱきと、私の靴を玄関に置いてコートを脱いで奥の部屋に入っていく
私は勝手もわからずにそれをただぼーっと見ているしかなかった


「はー、お風呂は朝でいい?」
「あ、入ってきました」
「そう?じゃ、ご飯も食べてるかな」
「はい」

がこん、キッチンで冷蔵庫が開いて、ワイシャツにスラックスのクダリさんが缶を二つ持ってきた

「君はこっちーこれはあげない」
「いや、いいです」
「のど乾いたら飲んで」
「はあ…」

かしゅっと小気味良い音、クダリさんは私の隣に腰掛けて、生ビールを勢いよくあおった

「ぷはー」

白い髭がくっきり
「ふ、」「あー笑ったな」「いえ」


「なんか修学旅行みたい」
「修学旅行でビール飲む人なんていないですよ」
「そうだ、トランプしよ!」
「こんな夜中に?」
「もう寝る?」
「いや、まだ大丈夫ですけど」
「じゃあ決まり」


「どこにあったかなー」あ、ほんとにやるんだ、トランプ
引き出しをがさがさ探してしばらく、クダリさんはソファに戻ってきた

「あったあった」
「何やるんですか?」
「うーんと、ババ抜き?」
「…本気で言ってます?」
「そんなにつまんないのかな?僕二人でやったことない」
「やってみますか」
「そうしよ!」

ばさっ、ばさっ、適当にカードをきって半分私に渡してくる
カードを見れば、当たり前だけど組ばかりで、どんどんカードが少なくなって結局二人とも残ったのは十枚くらいになった
同じソファに座るから上半身を捻ったおかしな格好でババ抜きは始まった

「ふふ、どれかなー」
「私ババないしクダリさんババ持ってるでしょ、どれ引いても同じですよ」
「気分の問題、じっくり選んだ方がちょっと嬉しい」
「ほんとですか?」
「ほんとほんと」

無邪気な人
さっきのベンチで私とノボリさんを諭した人と同じ人とは思えない

「やったあたり」
「あたりって何ですか、ほら引きますよ」
「どーぞ」

クダリさんから受け取った缶が、太ももの間で汗をかいて冷たい
仕方ないからそのサイコソーダを床に置き直して、突き出されたカードを選ぶ

クダリさんの大きな手の中には駆け引きなんかなくどのカードもみんな平等に収まっていて、私に選ばれるのをじっと待っている
同じカード、何も変わらない

「ね、ナマエちゃん」
「何ですか?」
「ノボリになんかされたの?」


カードから視線を上げて、クダリさんの顔を見やる
そこには相変わらず何を考えているのかわからない微笑みがあって、仏頂面のノボリさんより始末に負えない
怒ってる?私に?ノボリさんに?

私はまたカードに視線を戻した
ぶたれた、それはきっとアンフェアな言い方だ
冷静になって、ノボリさんに迷惑をかけないように


「…ノボリさんが、三者面談にくる、って言いました」
「うん」
「平日に、だから私、こなくていいって」
「それで?」
「…わかってもらえなくて、出てきました」


「そっか」引き抜いたカードはスペードの6、ハートの6と一緒に山に置いた


「それで君は、ノボリに迷惑かけられないって言った」
「え?」
「で、ノボリにビンタされた」


「違う?」

どうして、
聞きたいのがわかったのか、クダリさんはことさらいい笑顔で、「僕ってエスパーだから」


「…ムキムキで、エスパーですか」
「お、スクールのテストでも出るかな、タイプの問題は」
「アサナンと、チャーレムです」
「正解!でもね、ほんとは」

ここ、クダリさんが頬を指でとんとん指して、じくりとした痛みを思い出す
「冷やすものいるかな?」「いらない、です」「じゃあその缶で冷やしなよ、そこまでひどい痕にはなってないから」




「僕もノボリもこの顔でしょう?」

クダリさんはまた真剣に私のカードを選んでいる

「思ってることの半分も顔に出ない」
「ああ…」
「おまけにノボリはあの表情だし、口がうまいわけでもない」

弟なのに、いや弟だからか、ひどい言われよう

「だけどね、悪い人じゃないんだ」

それは、わかってる、痛いほど

「ノボリが君を引き取るって言ったとき、僕反対したんだ」
「……」
「女の子っていうからノボリがロリコンの犯罪者になっちゃうのかと思った」
「っふ」
「っていうのは半分冗談でね、これは君の方が知ってるでしょ、君を『善意で』引き取ってきた『いい人』たちが、最後には君をどうしてきたのか」


息がつまった
クダリさんは見透かしたように私を見つめて、カードを引き抜いて、山に捨てる


「僕は正直ノボリもそうなると思った、ごめんね、僕ナマエちゃんにとって嫌な人」
「いえ、」


素直で実直で、子供の私にも真摯な人、だと思う


「それにこれもきっと君の方が知ってる」

クダリさんは自分のカードのうち一枚だけちょっと上にずらした
それがババ?それとも罠?


「ノボリがそういう人たちと、もしかしたら違うんじゃないかってこと」


  結局引き抜いたそのカード
口元は笑っているのに、目の下には涙の模様
山に捨てずに自分のカードの中にピエロを混ぜた私を見て、クダリさんはきゅうと目を細めた


「ねえナマエちゃん、賭けをしようか」


素直で実直で、ずるい人
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