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「行っへきやーふ!」


トーストをくわえて家を飛び出す。ベタな少女漫画みたい、なんてロマンチックなことを一瞬考えたけど、そんな可愛らしいものじゃないな、と思い直した。今曲がり角から出てきて私とぶつかろうものなら例えどんなイケメンだって一週間は許さない。
ちらり、と腕時計を確認してまた駅への道を急ぐ。


電車に遅れる訳にはいかない。
遅刻なんてどうでもいい。いや、よくはないけど、それよりもっと大切なことがあるんだ。

汗をだらだらかきながら走る。
定期券で改札を抜けてホームに降りると、入れ違いになるように電車は出ていった。

「うそだあああ!」
「うそじゃないよ」
「え?」

閑散としたホームにこだまする私の叫び声とぽつりと呟いた低い声。

「寝坊?」
「ゆ、ユウキくん…?!」
「あれ、名前教えたっけ?」
「いや…」
「まあいいけど。トーストって、ベタだね」

くつくつと喉を鳴らすように笑う。誰もいないホームでユウキくんは一人座って本を読んでいた。

「ここ、座りなよ」
「あ、ありがとうございます」
「敬語?同い年じゃないんだ」
「いや、多分、同い年かと…」
「へえ、じゃあ君も高2?」
「は、はい」
「だから、敬語はいいって。名前、なんていうの?」
「ナマエです」
「ナマエ」

ぱたり、と本を閉じた。

…嘘だ。ユウキくんと喋ってるなんて、ユウキくんが、私の名前を呼ぶなんて。
毎朝、同じドアの隣の席に座ってるユウキくんを見てるだけで満足だったのに。

「で、寝坊したんだ」
「はい、あ…うん」

ちょっと睨まれて敬語を訂正する。ユウキくんは目を細めて笑った。

「珍しいね、寝坊なんて」
「そうかな…?よくするよ?」

寝坊って珍しいかな?学生にはよくあることだと思ってたけど、もしかしてユウキくんは早起きなのかもしれない。
毎回電車にだけは間に合わせるように必死な私とはきっと違う。

「ユ、ユウキくんはどうしてここに?」
「あー…いや、寝坊、かな」
「…?ユウキくんが乗るのって、ここより前の駅でしょう?」
「…よく見てるね」

しまった。これじゃ私ストーカーみたいじゃん。毎日彼を見てるから知ってるのは当然のことなんだけど。

「いや、あの、すみません!決してストーカーしてるとか、そういうことではないんです!!」
「そんな必死に否定したら、より怪しいけど」

笑うと見える八重歯がかっこいいなんてこの状況で思える私は相当末期だと思う。

「うー…えーと…」
「……………から」
「え?」
「いつもここで乗ってくるのに、いないから何かあったのかなって思ってさ」
「…え?」
「……ちょっと心配になっただけ」
「そ、それは…」
「あーもう何回も言わせるなよ!気づいたら降りてたんだよ!」

顔を背けてまくしたてるように言った。耳の後ろが赤い気がする。
毎日見てたのに、今まで見たことのないユウキくんを見れたことがどうしようもなく嬉しい。


次の電車が来るまであと12分。
今だけは、



彼の隣の指定席

(…名前、ほんとは知ってたけど)
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