夏だ。
夏っていうのは、暑くてだるくて、普段やる気のない私のやる気が更に二割減少する。
「…二割どころじゃないだろ」「ん?ああ、シルバー、今の口に出てたんだ」
「おい…なんだ夏バテか?ちゃんと飯食ってきたのかよ」
「シルバーおかんだねえ…知ってる?人って一食抜いたくらいじゃダメージなんて全然ないんだよ」
「な…!俺はお前を心配してっ…」
「おっデレた」
「もう知らねー!」
あーシルバー行っちゃった…
でも追う元気も生憎今は持ち合わせておりません。
窓際の机に突っ伏して、目を閉じる。
それにしたってだるい。こんなにだるいのは久しぶりだ。去年の冬のインフルエンザぐらい。
そんなことを考えるのすら億劫で私は本能に逆らうことなく意識を手放そうとした。
「おーい、ナマエ、ナマエはいる?」
…それを邪魔したダイゴ先生を私は決して許さないでしょう。無視を決め込もうとした私をあっさり発見した先生は、どっさり、山のようなプリントを私の机の上に置いた。
「先生用事ができちゃったから、職員室まで持って行ってね」
自分で行け、とは言えないのでせめてもの反抗で返事をしなかったけど、先生は気にしていないようにさっさと行ってしまった。
今だけ、仕事が少ないからと庶務係を選んだ4月の自分を恨んだ。
「はあ、」
職員室までの長い道のりをゆっくり歩く。一枚では軽い紙も束でかかってこられるとかなり重くて、体調の悪さも相まってこれ以上の速度では歩けそうもない。
昼休みで廊下には人が溢れていて、それも気分が悪い。
ぐらり、
…ああ、これはやばいかな。スローモーションみたいに、目の前の景色がぐにゃりと曲がって、体の感覚が無くなった。
やばい。
「おいっ!」
「し、るばー」
「……どいつだよ、大丈夫とか言ったの」
「うーん、忘れた」
私の腕から落ちかけたプリントの束を器用に受け止めて、私の肩を支える赤い髪。
突然出てきて助けてくれるなんて、不覚にもどきり、としてしまう自分がいる。
「頭、痛いか?」
「ううん、ちょっと気持ち悪いだけ」
「やっぱり夏バテじゃねえか」
「ふふ、やっぱりシルバーはおかんだね」
「何言ってんだよこんな状況で…」
ふわり、と急に胃の辺りに浮遊感。
「うえ、気持ち悪」
「うるせえな。しばらくそうしてろ」
…ああ、こんなにも吐き気がしてなかったら、お姫さまだっこなんてもっとときめいてたかもしれないのに。
廊下には人が溢れてて、ざわざわ騒ぎ出すけど、そんなことはどうでもいい。
ねえ、早く連れてってよ
赤い髪の王子様
ついでに、ここからみえる横顔も真っ赤だよ