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「38.4℃…」


小さな画面に表示された無機質な数字にため息をつく。
頭の内側からガンガン殴られているような鈍い痛みと全身の気だるさから、ひどい夏カゼだと判断した。
うん、限界!寝よう。
ぼんやりした頭で何を考えたって無駄無駄!

ばふん、と布団にダイブして、重いまぶたを閉じた。



……
ピリリリリリリリリ……
プツッ
………
………………
ピリリリリリリ「だあーもううるっさいな!!!」

あ、やばい。自分の叫び声すら脳に響く。
居留守にめげずに2度も電話してくるような奴に私はいつ番号を教えただろうか。
ベッドの横に投げ捨てた携帯に手を伸ばす。
開くと同時に三度目の着信。
画面には信じられない名前が並んでいた。
…信じられないものは信じないことにする。手が滑って(?)電源ボタンを連打したら、不快な電子音は消えた。今のは幻覚だ。そう、幻覚。
私はもう一度布団に潜り込んだ。



……
ピンポーン、
……
ピンポーン、
………
ピピピピピピピン「はい、どちら様ですか。」
「なんだ、やっぱり家にいるんじゃ〈ブツッ!〉


…よっぽど熱が高いんだな。でなきゃこんなピンポン連打してくるたちの悪い幻覚なんて、見るはずない。
だって、今は授業中だ。いるはずがないのだ。ましてや、あの、面倒くさがりのあいつが。
…それでも少し誰かに来てほしいなんてどうしようもない不安が、こんな都合のいい錯覚を生んでるに違いない。
よし、寝よう。いいから寝よう。
頭からタオルケットをかぶった。暑い。
目を閉じると意識は自然に離れていった。着信もピンポンももう鳴らない。ほんとに幻聴だったのかもしれない。







「ん…」

…うっすら目を開くと、辺りはもう暗くなっていて長いこと眠っていたんだなあ、と思う。
頭は痛いし、のどまでおかしくなってきた。水を飲もう、と起きあがるとおでこから何かが落ちた。

「おしぼり…」

私、こんなののせたっけ?

「寝てろ…」
「ふえ?」
「何間抜けな声出してんだよ余計馬鹿に見えんぞ」
「…トウヤ、お前どこから入った」
「窓開けっ放しで爆睡してる人にお前って呼ばれたくないんですけど。むしろ様付けで呼んだらいいと思うよ?」
「…お前様」
「殴られたいの?」
「すみませんでした」

病人を殴るなんて、こいつに良心はないのか。
さらり、と私の前髪をかきあげてトウヤのひんやりした手がおでこに触れた。気持ちいい。

「あっつ」

そう呟いて、やんわり頭を枕に押し返す手に抵抗はしてみるけど、あっさり負けて、天井とトウヤを見る。
だいたいこいつはいつからいるんだ。窓の外は日が傾いていて、授業なんてとっくにおわっている。

「トウヤ、授業は…?」
「つまんねーよ?」
「いや、それはそうだけど、」

授業の不満を聞きたいんじゃない。

「ちゃんと出たの、」
「いいんだよ俺は頭いいから」
「うっわ何その発言」


…じゃあ、あのピンポンの時からいたってこと?


「…トウヤ」
「ん?」

…ずるいよ。いつも意地悪するくせに、人が弱ってるときにそうやって優しくするんだ。ずるい。
おかれた手は時々おでこを撫でるように動いてくすぐったい。
小さいころ、手が冷たい人は心があったかいんだよー、なんて誰かが言ってたけど、額に置かれた冷たさは彼の優しさの象徴だとでもいうのだろうか。


「あんだよ、腹減ったのか?」
「全然。喉乾いたけど」
「はいはい」

はあ、とため息をついてトウヤが立ち上がる。

額から離れていく冷たさにどうしようもなく寂しくて悲しくなって、思わずキッチンに向かうトウヤのYシャツの裾を掴んだ。

「…どうした」

振り向いたトウヤも困惑しているのか、いつもより優しい声色な気がする。

…ああ、これも幻聴なのか、
じゃあ、仕方ない。

「……行かないで」



こんなことを口走るのも全部、風邪のせいにすればいい。

(「…あんま、心配させんなよ」)
(それは、現実?)
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