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「ねえ、ユウキ!」
「どうした?」
「あのね、好き、だよ」
「うん。俺も  



ぱちり。

どうしても聞きたくて聞きたくて仕方のなかった二文字の言葉、どれくらい聞きたいのかというと、こうして夢に出てくるくらいまでに欲しかったたった二文字を聞く前に現実に戻ってきてしまったことをすごくもったいないと思った。


深くため息をついて、私を起こした電子音のもとを掴み取る。

電話に出ると、ついさっきまで夢にまで見た人の声がして、嬉しいやら恥ずかしいやら焦るやらで軽くパニックになった。

「もしもしナマエ?何かあった?」
「え?なんで?」
「…もしかして忘れてるの、今日…」
「買い物ですよね!覚えてます!」
「ふーん、今何時かなあ?」
「んーとね、え、9時…?!」
「はは、もう30分も過ぎてるねえ」
「すみませんユウキさんあと30…いや10分…!」
「いいから玄関開けて」

窓から下を覗くと、ポケナビを片手にこっちを見上げるユウキがいた。やばい!急いで一階に降りて玄関を開ける。

「お、おはようございます」
「うん、どうせそんなことだろうと思ったけどね」

はあ、とため息をついてユウキは家にあがった。
自分の家みたいにまっすぐ私の部屋に向かう。
それが私たちの昔からの当たり前だった。

今は私にとってそれがどれだけ特別なことかなんて、ユウキはわかってないんだろうけど。

「あのーなんか飲みます…?」「いいから早く準備しなよ」

はーい、と返事をして鏡に向かって座る。しつこい寝癖との格闘を始めるためだ。
…あーあ、ぼっさぼさの頭もパジャマも最近は見られてなかったのに。

それにしても、ほんとにこの寝癖はしつこい。こんなときに限ってまったく言うことを聞いてくれない。
一生懸命がしがしやってたら、後ろからひょい、とブラシを取られた。

「ほんとにひっどいね」
「す、すみません」

しつこい寝癖は私が悪い訳じゃないと思うんだけど、やっぱり寝坊した私が悪いのか、と思い直した。

ユウキは私の寝癖にブラシを入れ始めた。
優しく髪を梳くその所作さえ気持ち良くて、どきどきして、ずっとこうしていたいと思った。
でもユウキに対しては妙に素直な私の髪はどんどんきれいに整えられていって、嬉しいんだけどひどく寂しい。

「…その写真」
「ん?ああ、これ?」

鏡越しのユウキの目線はドレッサーの上に載せられた写真たてに向けられている。

「去年の夏祭りのときのだよ」「うん、懐かしいな」
「今年も行くでしょ?」
「……ああ」

…え、何その間。
もしかして行きたくない…?

「なあ、去年ってさ、確か4人で行ったよな」
「あ、うん。ユウキとハルカとミツルくんと私でね」
「わざわざ俺とのツーショット選んだんだ」
「え?あ!いや、それは、その写真が一番私が可愛く写ってたからね!」
「…ふーん」

何この理由。どこのナルシストだよ。自分に全力で引いた。

…私もこの寝癖ぐらいに素直になれたらいいのかな?
でも、昔から家に行き来する仲なんだ。友達。幼なじみ。私たちの仲につけられる名前はきっとそれ以上にはなれないし、なによりこうしてユウキと過ごすこの幸せな時間を自分から壊したくなかった。


寝癖は完全に直ってしまって、ユウキは長い髪を編み込んだり留めたり何やらよくわからない芸術的な髪型をつくっていた。
私はされるがままに大人しくしている。

「…ナマエってさー」
「んー?」
「好きな人いるの?」
「ぶふっ!いいいいないにき、決まってんじゃん!いきなり、な、何言ってんの!」


いきなり何聞いてんだこいつは!
ここで「じゃ、ユウキは〜?」なんて言う余裕は全く無いので、取りあえず赤い顔を隠すためにうつむ…こうとした。
だけどユウキが後ろで髪をつかんでいるので、下を向けずに思ったよりも赤くなった自分の顔をまじまじ見ることになってしまって、それも恥ずかしくて、せめて、と目を伏せる。



「うそつき」


耳元に感じた温かい吐息と、囁くような声に思わず目を開いた。
鏡の向こうには口角を上げてにやり、と笑うユウキの顔。

「俺のこと、好きなくせに」

それだけ言うとユウキはくるりと後ろを向いて、座ってしまった。


「早く着替えてきなよ。見てて欲しいの?それとも手伝って欲しい?」
「なっ…!ユウキのバカ!」

恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!…まさか、ばれてたなんて…

もう限界なんてとっくに超えてる。顔だって、これ以上は赤くなれない。
だったらもう、どうなったって知らないから!


「バーカ!大好きだよ!」


着替えをひっつかんで、急いで部屋から出ようとドアに手を伸ばした。

でも、それはかなわなかった。

「もう、着替えなくていいよ」
ドアに伸ばした腕を引かれて、バランスを崩してユウキと向かい合うように膝をつく。


「俺も好きな人いるんだけど」



それは、ずっと聞きたかった二文字

(買い物は?)
(んー、会う口実)
(なっ…!)
(今年は夏祭り二人で行こっか)
(…うん)
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