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※アニクダさん



ぱちり

目を開く。遮光カーテンが細く開いた隙間から差す光が、きらきらと私の目を射抜く。朝は好き。これから始まる一日に思いを馳せて、それを一緒に過ごす人の顔を首だけ動かして覗く。すぐ横ですやすやと気持ちよさそうに寝息をたてる彼の唇にキスを落として頭を撫でてから、腰に回されていた腕をそっとほどいた。「ん…」と小さく呻き声をあげたので肩が揺れたけど、起きてはいないようだった。
私が朝が好きなのは、彼が朝が苦手なせいでもある。いつもきびきび動く真面目な彼が、無防備で可愛らしい表情を見せるのを、唯一私だけが独占できる時間だ。
寒くなってきて余計に起きるのがつらくなったとぼやいていた。なるほど、布団から足を出すと冷たさが素肌にささって体が震えた。彼の温もりを手放してしまうのはすごく惜しいけど、震える体に鞭打って布団からのそのそと這い出る。


顔を洗ってキッチンに立った。ケトルにたっぷり水を汲み、火にかける。
沸騰するのを待つ間に、使い古されたポット、二人で買ったおそろいのマグ、それに、彼がいたく気に入っているウバのフルリーフのオレンジ・ペコ。ゆっくりと準備して並べていると、ケトルがしゅうしゅうと音をたてた。ぐらぐらと煮立ったお湯をポットになみなみと注いで、蓋を閉める。もう一度ケトルを火にかけた。
朝は紅茶がいいな、と少し申しわけなさそうに申し出たのは彼だった。仕事場ではコーヒーを飲むんだけど。本当は苦くて、苦手なんだ。じゃあ、ちゃんと職場のひとにも言って、紅茶を飲めばいいじゃない。だって、いい歳して、苦いから嫌い、なんて言えないよ。眠気覚ましにもなるしね。それに、僕は君の淹れる紅茶が好きなんだ。
朝からわざわざこんなに手の掛かる面倒くさい手順をふむくらいだったら、私はティーパックでいいと思うんだけど。きっと彼はそれでも怒ったりはしないけど、一口紅茶を口に含んで、多分自分でも気づかないうちにふんわりと嬉しそうな表情をする彼を見たくて、私は結局こうして毎朝紅茶を淹れる。
またしゅうしゅう、ケトルが白い煙を吐き出す。ポットの中のお湯をシンクに流して、ウバをティースプーン四杯、放り込んで熱湯を注いだ。素早く蓋を閉めて、マグにもお湯を注ぐ。

朝ご飯、どうしようかな。トースト?サンドイッチ?卵は目玉焼きか、それともオムレツがいいかな  

「おはよう、ナマエ」
「…おはよう、クダリ」

わざと、気配を消して足音をたてないように来たのだろう。後ろからそっとお腹に腕を回されて、反射でびくっと体が跳ねた。驚いた。彼は起き抜けでまだ目が覚めていないのか、ぎゅと私を締め付けて、すりすりと首筋に鼻をこすっていた。背中からじんわりと温かさが伝わってくる。

「今日は僕が紅茶淹れようと思ってたのに」
「あんまり気持ちよさそうだったから、起こしたくなくて。今日はお仕事休みもらったんでしょう?せっかくだからもう少し、寝坊してても大丈夫なのに」
「ナマエがいなかったら寒いよ」

眠いことは眠いらしい。離すつもりはないらしく、おなかの前で手を結んだまま、あうー、とかんー、とかうなっていた。ああ、この人が愛しいな、と思う。
マグの中のお湯をシンクに流した。茶こしを持ってポットを傾ける。湯気がたって、いい香りが鼻をくすぐった。

「ほら、クダリ。持てる?」
「んー…」

マグを手に押しつけると、熱かったのか腕をほどいて取っ手に指をかけた。

「ナマエ、」
「ん?」
「ありがと」
「うん」

朝ご飯は後で考えよう。私は自分の分のマグとポットを持ってリビングに向かうクダリの後を歩いた。ポットだけダイニングテーブルに置いて、ソファに座ったクダリの隣に腰掛ける。
すうっと湯気を吸い込んでふう、ふうと口を尖らせて息を吹きかけた後、クダリは一口、紅茶を口に含んだ。

「んー…目、覚めてきた」
「ん、おはよう」
「おはようナマエ、今日もおいしい」

クダリはしっかりした声と口調をだんだん取り戻してきた。ローテーブルにマグを置いてぐぐっと伸びをするクダリを横目で見やって、私もマグを傾けた。苦労して淹れた分、やっぱりおいしい気がするんだよなあ。私はそこまで味はわからないんだけど。

「目玉焼きとオムレツと、どっちがいい?」
「今日はオムレツの気分かな。あ、でも僕がつくる。ナマエもオムレツでいい?」
「うん。オムレツがいい」

クダリはマグを持って立ち上がると、私の額に軽く口づけてからキッチンに向かった。

「ねえ、せっかくだからさ、朝ご飯食べ終わったら、どこか出かけようか」
「いいね」
「ゆっくりしたかった?」
「んー、ナマエと一緒にいたい」

ばたん、と冷蔵庫を閉める音がする。クダリのオムレツはとびきりおいしいのだ。心が踊る。
私は立ち上がって、ダイニングテーブルにマグを置いてキッチンに歩いた。フライパンにバターを置いて溶かしているクダリを、さっきクダリがしていたように後ろから抱きしめる。圧倒的に身長が足りないから、背中にすり寄る形になるけど。
クダリはびくりと固くなって、ぽんぽんと私の手を叩いた。

「こら。火、使ってるんだから危ないよ」
「んー」
「もう、わかってるの?」
「クダリー」
「ん?」

ちゅっ


それでも律儀に私の方を振り返ったクダリの唇に、音を立てて自分のそれを重ねた。
クダリは一瞬、ぽかんと呆けた顔をして、ほんのり頬を染めた。私だって恥ずかしいんだから、そういう反応はやめてほしい。内心いっぱいいっぱいなのだ。

「バター、焦げちゃうよ」
「あー、えー、えっと、どう、した?」
「どうもしないよ」
「普段ナマエからそういうことしないじゃない」
「…したくなっただけ」

今日はいい夫婦の日だから、なんとなく、本当になんとなく、ちょっと驚かせてみたかっただけ。なんて、クダリが今日は何の日か知ってるとは思えないし、やっぱり気恥ずかしいから言わない。かわりに私の口からこぼれた返事はしかし、よくよく考えてみればもっと恥ずかしい言葉だったけど。

私はぱっと背中から離れて、席についた。両手でマグを包んで、クダリを待つ。

「嬉しいな」
「え?」
「なんかさ、いつも僕ばっかりがナマエを好きみたいだから」


じゅうじゅう、いい音といい匂いがたちはじめて、お腹が小さく鳴いた。紅茶を飲む。じんわりあたたかくてほんのり渋くて、でも甘くて。クダリみたい。


クダリはそんな風に言うけどね、と心の中で一人ごちる。
毎朝一番のりであなたを愛するのは、いつだって私の方なんだから。



11/22 AM6:23

「あら、お二人でお出かけ?」
「ええ、ちょっとそこまで散歩に」
「いいわねえ、いつみてもおしどり夫婦で」
「…ありがとうございます…」
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