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「ごめん、待った?」
「ううん、今来たばっかり」
「嘘」

駆け寄ってくる私に気づいたクダリくんが、寄りかかっていた公園の時計から背中を離して向こうからも走ってくるものだから、私たちは二人とも勢いを殺せないままに正面から激しく衝突してしまった
意外とがっちりした彼の胸板に飛び込むようなかたちになってしまって、少し恥ずかしい
そんなこと気にしていないのか、クダリくんは私を抱き込むように素早く腰に腕を回した
端から見れば感動の再会シーン、公園の真ん中で堂々とそんな格好でいる私たちは実際3日前にも会っているのだけれど
ただ、すりすりと首筋に寄せられた彼の頬が氷のように冷たかったから、私は抱き込まれたまま、テンプレート通りのクダリくんの返事を否定して、赤く染まったその頬に手を伸ばした

「ナマエあったかーい」
「クダリくんが冷たいんだよ」

彼の頭越しに時計を見上げてみれば、私だって決して待ち合わせに遅れてきたわけではないのだけれど
クダリくんはぎゅうぎゅう私を絞めつけながら、私が頬を撫でる度にえへへ、と嬉しそうに笑みをこぼした

「ごめんね、寒かったでしょ」
「うーんと…うん、寒かった」

だから、ね?


ようやく私の腰から腕をのけたクダリくんは、小首をかしげながら右手の手袋をすぽっと抜くと、頬を撫でていた私の右手をとってそれをかぶせた
クダリくんの手袋は、ほかほか暖かくて、でも、私の左手に絡まって一緒くたにクダリくんのコートに突っ込まれた彼の右手の方が、火傷しそうなくらいに熱い

「これでもう寒くない」

にっこり、薄く赤色に染まった満面の笑みでそう言われれば、私はどうすることもできなくて、クダリくんに絡め取られた左手だけじゃなくて体中が熱くなってしまう
きっと、クダリくんよりも赤くなってしまっている頬を隠すように俯けば、頭の上から嬉しそうな笑い声が降ってきた

「ナマエ、かーわい!」
「か、可愛くないよ」
「かわいいったらかわいいの!これだけは、譲らないから」

ぷっくり、頬を膨らませてむっとするクダリくんの方がずっと可愛いと思うけど
これを言うとクダリくんはひどく機嫌を損ねてしまうので、心の中にそっとしまっておいて、まだ続いている彼の主張を甘受する
嬉しくないわけ、ないのになあ怒ったように子供みたいな主張を続けるクダリくんに、ふふ、と笑いが漏れた


「ナマエ、ちゃんと聞いてるの?!」
「うん、聞いてるよ?あのね、今日は一緒に買い物に行きたいな」
「僕も!」


ころりと表情の変わったクダリくんが行こ!と歩き始めて、私もそれに引かれていつもより彼の近くを並んで歩く

ショーウィンドウを指さして、あれ、似合う!とか、あ、おいしそう、とか
ふわふわ楽しそうなクダリくんといっしょにいると、なんだか私までふわふわ幸せな気持ちになって、楽しくなってしまうから不思議だ
一緒になって笑いあって、でも、そんな中でもずっと長いコンパスをさりげなく私にあわせて歩いてくれる
奔放な彼のそんな小さな気遣いが、私はどうしようもなく嬉しかった


ほんとは買いたいものなんてなんにもない
いつも忙しくて、ほとんど挑戦者とサブウェイマスターという形でしか会うことのできない彼と、少しでもこうして隣に立って対等に接して触れて歩いていたかった
その気持ちが少しでもクダリくんに伝わればいいな、と、ポケットの中の彼の右手をぎゅっと握って、右腕にすり寄った「!」
「あ…嫌だった?」
「な、そ、そそんなことない」

今度はクダリくんからぎゅっと手を握られる

「ナマエ」
「なあに?」
「好き」
「どうしたの、急に」
「急じゃないよ、ずっと前から、それにこれからもずっと」

言いながら、クダリくんはポケットの中の手で私の手を時折くすぐるようになぞったり、折れるくらい強く握ったりした


ねえ、クダリくん、あなたは知らないかもしれないけどね、私、多分クダリくんが思ってるよりもずっと、あなたのこと、好きだよ
ほんとは毎日でも会いたいし、もっと一緒にいたいんだよ
でも、ポケットの中から、クダリくんの好きって気持ちが流れ込んでくるから、今日のところはわがまま言わないで、デートで我慢してあげる

…なんて、心の中でも素直になれないまま、クダリくんの突然の告白に、やっとのことで「私も」なんてかろうじて聞こえるか聞こえないかくらい声で呟いたら、クダリくんは左手で口元を抑えて黙り込んでしまった
どうしたのかと顔を覗き込めば、にわかに口から手を離して、「今日は買い物やめにしよっか」



「えっ…?」
「何か買いたいもの、あった?」
「う、ううん、ない、けど」
「そっか」




「じゃあ、僕の家、来ない?」



クダリくん、冷静に言ったつもりかもしれないけどね、手にすっごく汗かいてるよ



ポケットの中から
溢れる愛をあなたに


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