そわそわ、そわそわ
「何をしているのです」
「ひああっ!」
シングルトレインのホームを覗き込み、尻だけこちらに突き出すという無様な体勢の愚弟に後ろから声をかけてみれば、何とも誤解を生みそうなうわずった声で悲鳴を上げた
お前は乙女か何かですか
「何をしているのです」
「のっ、ノボリには関係ない!」
何かから身を隠しホームを盗み見ているていでしたが、あれで隠れているつもりなのだとしたらちゃんちゃらおかしい
大体お前のコートはこの薄暗いステーションでは一際目を引くのです
そんなでかい図体で一体何から隠れていたというのでしょう、男ならもっと堂々と立ち向かって見せなさい!
わたわたとうるさいクダリをよけ、ひょい、とホームを覗き込みました
「?」
「わあっノボリは見ちゃだめ!だめっ!」
「ナマエ様ではないですか」
ホームに駅員以外の目立った人影はなく、いたのは受付と仲良さげに会話しているナマエ様だけでした
シングルトレインに乗車なさるのでしょうか、本日最初のバトルになりそうですね
「ナマエ…!名前、ナマエっていうの!」
「知らなかったのですか」
「ちょっ、何でノボリが知ってるの?!」
「何でと言われましても、彼女はよくシングルトレインを利用されますので」
「むきー!なんでノボリなのおおお!!」
「あっクダリ!構内を走るのはお止めなさい!」
…成る程、クダリのナマエ様を見る熱い眼差し、赤く染まった耳、わたくし全てを悟りました
愚弟はどうやら乙女か何か、ではなく、乙女であったようです
「…ということなのです」
「へえークダリさんがねえ」
ぢゅうう、と些か品のない音を立ててアイスティーを嚥下する彼女を見やる
「しかしナマエ様はダブルトレインを利用されていないご様子」
「そうですよーだってナマエのポケモンシングル向きだし、マルチだって私が無理やり引っ張ってったんですもん」
「ほう、初めてにしてはなかなかいい勝負をされてましたが」
「あったりまえでしょー!私がついてるんですよ、意地でも負けませんよ!あ、おにいさーん、スペシャルデラックスチョコバナナパフェ一つー」
「ならばなぜ、クダリはナマエ様に恋を…」
「わかんないんですか、ノボリさん」
トウコ様はティースプーンでビシッとわたくしを指し、不敵に笑いました
そのように人を指すのはマナー違反でございますのに
「一目惚れですよ一目惚れー!」
「ぶっ」
「やだやめてください汚い」
「なっ!なんて」
「そう言えばそうですよねえ、マルチ21戦目!妙にすんなり勝てたと思いましたよ!」
「確かにあの時は口上はどもるわコンビネーションは失敗するわで何となく息が合わないと感じておりましたが…まさか」
「惚れた弱み、だなんてクダリさんも可愛いところあるんですねー!」
「私情でバトルに支障をきたすなどあるまじき失態です!」
「いいじゃないですかちょっとくらい」
「その時に名前だけでも聞いておけばいいものを…」
「シャイなんですねクダリさん」
「それであのような覗き見をしていたのですね」
「また二人でマルチに行きましょうか?それともダブルに行くように説得します?」
「…」
わたくしとしましては、愚弟ではあっても多少なりとも応援したい気持ちはありますが、しかし
それではクダリはいつまでもヘタレのままです!マスターともあろうものが、惚れた女性に声もかけられないようでは示しがつきません
わたくしは兄としてどうして差し上げるべきでしょうか
「あー…葛藤の途中悪いですけど、ノボリさん」
「はい」
「やっぱり、私たちの出番は無いみたいですよ?」
悶々と悩む私に、いじっていたライブキャスターの画面を向ける
可愛らしい文面を読み終えるか終えないかのうちに、わたくしのライブキャスターも音をたてて震えました
受信したメールを開いて確認すると、少しの進展を思わせる文面
クダリ、あなたはお兄ちゃんの知らぬ間に、乙女から乙男に進化したのですね…!
後はわたくしにできることは、無駄に終わったこのピンク色の会合の代金を払うことぐらいでしょう
それを知ってかトウコ様は大声でパスタを注文しました
もう昼休みは終わってしまいますのに
あの、あのね、もしよかったら、シングルだけじゃなくて、ダブルにも…来て?
(トウコちゃん、もし大丈夫だったら、ダブルバトルの構成見てくれないかな?ダブルトレインに挑戦しようかなあ、って思ってて)
(ナマエは絶対とったらだめ!もうお誘いしたから、ぼくのなんだからね!)
ALDY様・10000hit「へたれ▽」