「つまんない」
心底つまらなそうに吐き出されたその言葉に、びくりと肩が震えました。それも面白くなかったのか、彼女はまた同じように抑揚の無い声でつまんない、と呟きました。
「怯えてるんですか?」
「ひっ」
ああ、これでは肯定したも同然でございます。違う、違うのです。声が出ないのです。
こつこつと硬い床にヒールが落ちる音が直接脳内に響きました。彼女の顔を見ようと身じろげば、みしみしと麻縄のこすれる音がいたしました。
「動くともっと痛いですよ?」
「んっぅう」
「何ですか?もうちょっとはっきり喋ってください」
わたくしの背中側から、彼女は手を伸ばしてその細く美しい指でわたくしの頬に触れました。今貴女はどんな表情なのか。知りたいのにそれもかなわない。不自由な身でございます。
「うぅ」
「…外して欲しいんですか?」
身の軋むのも忘れて、わたくしは何度も首肯いたしました。このままでは、愛しい貴女を抱き寄せることも、愛を囁くこともできません。
彼女の息遣いが耳元で鮮明に聞こえます。
「嫌です」
そっと吹き込まれた艶やかなお声に、恐怖とは違った感情からふるりと体が震えました。
「ノボリさんがいけないんですよ。こんなに綺麗で性的なのに、無防備なんですもん」
ああ、ナマエ様の方がよっぽどお美しく、麗しく、魅惑的な色香を漂わせていらっしゃるというのに!
「いじめたくなっちゃう」
いたずらっこのように無邪気におっしゃって、ナマエ様はわたくしを雁字搦めに縛る麻縄の端を遠慮なく引きました。一寸のゆるみなくきつく巻かれた縄があちこちに食い込み、わたくしの口からは情けないうめき声が漏れ出ました。
ナマエ様とわたくしは、恋仲にあります。白百合のように可憐で華奢で…そんなナマエ様とまさか仲を築けるとは、わたくし夢にも思っておりませんでした。控えめな彼女を今までに何度か外出に誘ってまいりましたが、今日は彼女の方から自宅に!お呼びしていただけたのでございます!
「何考えてるんですか?」
「っぅあ」
挙動を見せないわたくしを不審に思ったのか、背中に鋭い痛みが走り、ナマエ様がヒールの先をわたくしの肉に食い込ませているのだと悟りました。
わたくしがこのように、四肢が不自由な状態で床に打ち捨てられるまでの経緯は、わたくしもくわしくは存じ上げておりません。ナマエ様が用意してくださった手料理を口にしたところから、記憶がひどく曖昧なのです。気づけばわたくしは痛みと寒さに包まれておりました。
「ノボリさん、私、別にあなたを怖がらせたいわけじゃないんです」
「ん、ん」
「お話できませんね、これだけ外してあげます」
「はぁっ!ぅ、ナマエ、さま」
轡を外され、溜まっていた唾液が口の外に流れ出ました。頬についた赤い轡の跡を、触れるか触れないかの加減でなぞられ、ひりひりとした鮮やかな痛みに襲われました。
「ナマエ、さまっ」
「ノボリさん、私ね、ノボリさんのことが大好きなんです。だからノボリさんが怖がったり、嫌そうな顔してるの見てても、なんにも楽しくないんです。わかりますか?」
「ぅ、はい」
「ね、だからね、」
私はまるで虫のようにごろりと転がされ、ようやくナマエ様の顔を仰ぎ見ることができました。ナマエ様は感情の漂白された表情で、ゴミに向かって独り言をごちるように吐き捨てられました。
「泣いてよがってください」
無遠慮にヒールがわたくしの股間にあてがわれ、そうして初めてわたくしはそこが無様に腫れ上がっていることに気がつきました。自覚すればさらに熱が集まっていきます。ナマエ様もわたくしがはしたなく勃起していることに気づかれたのか、嬉しそうに微笑まれて
「痛いのがよかったんですか?やっぱり素質あったんですね」
ナマエ様に愛されるのであれば、この快楽の海に身を委ねよう。
「この、変態」
未だ知らぬ海
溺れてください
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