エメットさんはインゴさんと同じくヴァンパイアなのだろうか。
「なぁに、ナマエ?そんなジーッと見つめられたらボク照れちゃうんだケド」
トイレから出てきたエメットさんにばったり遭遇してしまった瞬間に浮かんでしまった一つの疑問。
なんとなくそのまま目の前のエメットさんを凝視していたら彼は小首を傾げて幾分か下の方にあるわたしの眼に視線を合わせて茶目っ気たっぷりなウインクを飛ばした。どこが照れるだ。ファンサービス良すぎてむしろこっちが照れるわ。
こんなにもでかいのになんでこの人はこんなにも可愛いのだろう。殺人的なスマイルを惜しげも無く披露してくれたエメットさんは内心でこんな邪な考えを巡らせながら無言で視線を送り続けるわたしに少しばかり不思議そうに瞬きを繰り返した。
「あのネ、ナマエ聞いてる?」
「聞いてます。気にしないでください」
エメットさんが気になっているのは私の方であって、別にエメットさんはわたしを気にする必要はないのだからどうか気にしないで欲しい。
「ウーン…気にしないでって言われても、そんなに見つめられたら気になっちゃうヨ」
特に気にしているような素ぶりは億尾も見せないでエメットさんは眉尻を下げて笑った。
「ネ、どうしちゃったの?ボクのこと好きになっちゃっタ?」
悪戯っ子みたいに眼を細めるエメットさん。ちらりと覗いた綺麗な白い歯並びを確認してわたしはひとつ、心の中で安堵のため息を吐いた。
わたしの中に芽生えた『インゴさんの双子の弟であるエメットさんはインゴさんと同じく吸血鬼なのか?』という疑問。まさか直接エメットさんに「あなたは吸血鬼ですか?」とか聞くわけにもいかないので目視できる手っ取り早い証拠を確認しようとしていたのだけど、
…エメットさんには牙がない。
吸血鬼たるインゴさんにはあった立派な牙がエメットさんには存在しなかった。つまりそれはエメットさんが彼の兄であるインゴさんとは別の存在であるということだ。良かった!エメットさんは人間である可能性が高い!さすがエメットさん、わたしの天使!!
「エメットさん、ハグしていいですか?」
「えっ、ナマエ本当にどうしたの?熱でもある?」
ピタリとしゃがみこんでおでこをくっつけてきたエメットさん。翠がかった綺麗なブルーの瞳が心配そうに見上げてくるのが見えて初めてその距離の近さに気付かされた。突然音を立てて騒ぎ出したわたしの心臓を黙らせるために慌てて距離をとる。
「ね、熱はないですっ、よ!」
「ムゥ…今日のナマエはなんだか変。ホントにどうしちゃったノ?」
額が離れても、膝を軽く曲げて目の高さを合わせたままエメットさんは心配そうにわたしの様子を伺っていた。それに少なからず罪悪感を抱きながらも、わたしの頭の中ではまったく違うことが渦巻いていた。
そう言えばわたし、二年間も毎日一緒に働いていたのにインゴさんにあんなに立派な牙があるってあの日まで一度も気がつかなかった。意識して注意深く観察していたかと言われればそうではないけど飲み会や朝礼なんかで口内を無意識に見る機会はあったはず。あれだけ大きな特徴がありながら気になることがなかったなんて不自然だ。もし、もし牙は意図的に隠すことができるのだとしたら…。こうして今確認したエメットさんの歯並びも無意味ということになる。
じゃあ一体どうやって確認したらエメットさんは人間なのか吸血鬼なのかはっきりするんだろう。無い頭をフル回転させて思いついたのはこれまたなんとも古典的というか、わかりやすい方法だった。
「エメットさん!今度わたしとデートしましょう!!」
「っえ?」
女遊びで有名なエメットさん。女性社員から聞くその噂はほとんど夜のデートの話しかない。わたしたちの仕事は定時直後に上がれるような雰囲気ではないから終業後におデートとなると夜遅くなってしまうのは当たり前なんだろうけど、そこに疑問を解明する要素があった。休日なら遅い時間じゃなくても都合はつくはず。単純明快な思いつきでしかないけれど、エメットさんが吸血鬼かどうか確かめるために地下から引っ張り出して日の下に晒してしまえばいい。
キョトンとまぁるく目を見開いたエメットさん。心なしか周りに居た人たちが騒ついた気がしたけれど今は気にしない。
「遊園地、そう!遊園地に行きたいです!今度のおやすみ…今週の土曜日はどうですか?」
自分でいうのもなんだけどエメットさんの中のわたしの好感度はそれ程低くないと思っている。少なくともこうして他愛も無い話に進んで応じてくれる程度には。だから乙女ゲーム的に言うと親密度の問題で断られるということはないと思うんだけど。
そうでなくても来るもの拒まず去るもの追わずで有名なエメットさんだ。こちらから誘って断られるということはない、はず。
これでもし断られるようであったり夜ならイイよ、なんて言うようであればそれはエメットさんも吸血鬼である可能性が高いということになる、はず!!
ドキドキとバトル前みたいな緊迫感を抱きながらエメットさんの返事を待っていると、彼はほんの一瞬思案顔になって、それからちょっと困ったように笑って視線を逸らした。
「Sorry、ナマエ。今週の土曜日はちょっと予定があって…」
!!
あ、うそ、断られた!
「来週の日曜日ならどう?」
「、え!?」
「エスコートするヨ、My Sweet?」
あれ、そんなあっさり決めちゃっていいんですか?
ぱちり、と飛んで来たウィンクは天使のスマイルとかじゃなくて、なんというか…っ、エメットさんの王子様のような蠱惑的な眼差しに不覚にも赤面してしまったのはわたしの恋愛メンタルが中学生並みな所為だけでは無いはずだ。断られるか断られないか。それだけに重点を置いておこなったカマ掛けのその先にあるものをわたしは軽視し過ぎていたかもしれない。
デートのお誘いをしたのだから承諾されればそれは当然デートをすることになるわけで、男性経験など皆無なわたしが色男という文字をそのまま体現したような人であるエメットさんと一日デートに行くなんて大変なことだった。それはもうアルマゲドンより一大事だ。ふ、服装とかどうしよう。キュートなの?セクシーなの?どっちが好きなの?とか迷ってる場合じゃない。別に少しでも気を引きたい純情な乙女心を持ち合わせているわけではないのだから。
それでも、先のことばかり考えて心が浮ついてしまうのは仕方が無いだろう。だってデートの相手はわたしの天使であるエメットさんなのだから。
まるで遠足前日の小学生みたいな心持ちで仕事に打ち込んでいれば一週間なんて風の速さで過ぎてしまうのだ。その間、二、三回ほどインゴさんに「気持ち悪いデスね」と虫を見るような目で言われたけど気にしない。
そうして迎えた件の日曜日。
昨日はファッション雑誌を買って受験前日のように一夜漬けで流行のメイクを勉強したり、持ち合わせの服をひっぱりだしてコーディネートを考えたり、やれるだけのことはやったのだ。
普段は適当に纏めているだけの髪も雑誌のモデルさんを見よう見まねで巻いて高く上げてみた。
手鏡で簡単に最終チェックをして、前髪を整えて、うん、おっけー。一つ深呼吸をして待ち合わせの場所へと足を向けた。
「すみません、お待たせしました?」
まだ約束の時間の10分前だったけどそこにはすでに私服のエメットさんが待っていた。エメットさんはわたしに気がつくとひらひらと手を振って駆け寄ってきた。
「ナマエ!っ、Verrrrry Cute!!!かわいいっ!どこのモデルさんかと思っちゃっタ!」
「っ、」
会った瞬間これだ。ゆるりと眼を細めてわたしの髪に触れたエメットさん。お世辞だとわかっていてもそんなにストレートに褒められることに慣れてないからぼーっと顔が熱くなってしまう。っ、エメットさんを見ていられない。
「…もう、またエメットさんってば、誰にでもそんなこと言うんですから」
「うん?ボク本当のことしか言わないヨ」
「…っ、」
この女たらしめ。きょとん、とした表情で吐き出される砂糖に蜂蜜をぶちまけたより甘い言葉にどんな顔をしていいのかわからない。でもそれを言うならエメットさんの方がどこのモデルかと思う。カジュアルと言うには少し落ち着いた私服のエメットさん。普段の特徴的なコート姿しか見たことがないからなんだかすごく新鮮だ。白多めのモノクロを基調に、ところどころ目に入るピンクが彼らしくてよく似合ってる。というか非の打ち所がないほどにカッコいいです。その証拠にさっきから道ゆく人たちの視線がエメットさんに向いているのがよくわかる。あああ、どうしよう。そんなエメットさんを今日は独占するんだよね。なんだか今更だけどすごく緊張してきちゃった。
「ナマエ、」
「あっ、は、はい!」
「ボク、ニンバサの遊園地入るの初めて。今日はいっぱい楽しもうネ?」
ニッコリ、小さな子供みたいに笑って手を差し出すエメットさん。ほんとにわくわくした様子の彼を見たら、…ああ。なんだか少し緊張が和らいでしまった。
デート、なんて言葉に萎縮してしまったけどわたしだってニンバサの遊園地は初めてだ。加えて一緒に回るのは大好きなエメットさん。こんな休日は今後なかなか訪れたりしない。思いっきり楽しまなきゃ損に決まっている。
「っ、はい!!」
力強く手を握り返せばどちらともなく園内へと歩きだした。
どれだけのアトラクションを回っただろう。コーヒーカップ、ホラーハウス、ジェットコースター。メリーゴーランドに二人乗りなんて良い年した大人がやることじゃない。
クレープを奢ってあげると言うエメットさんに、綺麗に食べられないから要らないって言えば「ナマエは食べ方の前に食べる量が既に女の子じゃないよネ」って笑うエメットさん。
そんなふうに茶化してくれるから絶えず笑いっぱなしで、気がつけばいつの間にかもう日は沈んでしまっていた。
最後にと二人で乗り込んだのはニンバサの遊園地の名物である観覧車だった。ゆっくりとした速さで登って行く二人きりの小さな箱の中。真っ黒に塗りつぶされた空から地上を見下ろせば、普段働いているわたしたちの街は小さな光の粒がたくさんたくさん輝いていてまるで星空みたいだった。
「楽しい時間って過ぎるのが速いネ」
「ほんとうに!今日は付き合ってくれてありがとうございました!!」
「どーいたしましテ。でも突然だったからビックリしたヨ」
「えーっと、確かに…かなり急な誘い方でしたもんね」
急と言うか変というか。
でも、思いっきり楽しむこともできたし、目的であったエメットさんが人間か確かめることもできた。結果は万々歳だ。実際、エメットさんは日の下でもいつものようにピンピンしてた。それが見れただけでわたしは充分だ。
「でも、オッケーしてくれて嬉しかったです!」
「それはドウモ。…ナマエは特別だからネ」
「え?」
態とらしく含みを持たせてエメットさんは笑っていた。わたしはその意味を図り兼ねて首を傾げて見せた。
「そういえば、エメットさんはどうしてこんなにわたしを気にかけてくれるんですか?」
今日だけのことじゃない。普段だってことあるごとに話しかけてくれたり、体調を気遣ってくれたり。もともとエメットさんは社交的で男女問わず部下に慕われている人だけど、その中でも特に良く気にかけてもらってると感じるのは自惚れではないだろう。
「はじめにボクを気にかけてくれたのはナマエだから、カナ?」
「え?」
「覚えてないカナ。ナマエの入社式のとき、体調悪かったボクをナマエが介抱してくれたノ」
入社式…
そういえばそんなことがあったかもしれない。あの日は、そうだ。
当時名前も知らなかったエメットさんに初めて会ったのは駅のホームだった。綺麗なゴールドのブロンドと、高い鼻、ブルーの瞳。それらを引き立てることを惜しむことなく笑う彼の周りには取り囲むように女の人たちが集まっていた。だけど私が気になったのはイケメンが駅のホームで渋滞を起こしていることではなくて、ただどこかその顔色が悪そうで危なっかしそうに見えたのだ。
だから取り巻きから離れた彼に声をかけて座って休むようにと促した。「お客さま、お時間があるのでしたら少し休まれては?」そう言うと、彼はキョトンとしてそれからおかしそうに肩を震わせたのを憶えている。
「いいヨ、って言ってるのにナマエ全然聞いてくれなくテ」
「っ、だって!あ、あのときはエメットさんがまさか同じ駅員でしかも上司だとは知らなかったんです、!」
「ふふ、でもナマエだけだったんだヨ。体調悪かったのに気がついたノ」
「それは…どうも」
頑なに「大丈夫だヨ」を一点張りする彼を多少強引に休ませて顔色が良くなるまでふらりと何処かにいかないように監視したわたしの行動は間違っていたとは思わない。けど、おかげで入社式をボイコットするハメになって盛大に大目玉を食らったのはまた別の話である。
「懐かしいナァ」
目の前に座るエメットさんは頬杖をついて窓の外の景色に眼を向けた。長い金色の睫毛が目元に影を落としているのがとても絵になるなんて決して口に出しては言えないけど。いつも口元に浮かべている笑みを消してしまうとその横顔は彼の双子の兄とそっくりなのだと今更気がついた。
それでも、一緒に居て楽しいのも仕事しやすいのもやっぱりエメットさんなんだよな、なんてことを考えているとちらりと瞳だけをこちらに向けたエメットさんとばっちり目があってしまった。
「そんなに見つめられると照れちゃう」
「あ、ごめんなさい」
慌てて視線を逸らすと、ふふ、と笑ったまま黙ってしまったエメットさん。なんとなく何を話せば良いのかわからなくなってそのまま沈黙に身を預けているとギシ、と乗っている箱が揺れたのがわかった。
「っ、エメットさん?」
「ネェ、どうして突然デートしようって誘ってくれたの?」
、近…っ
頭の横につかれたエメットさんの手。逃げ場を塞ぐように至近距離から見つめる碧色の瞳。さっきまでの和やかで和気藹々としていた雰囲気を払拭して一変、どきりと胸が騒ぎだした。
「エ、メットさ…」
そっと、頬に触れた長い指。そのまま輪郭をなぞるように顎を持ち上げられて視線が交差する。綺麗に、透き通る水のようなブルーの光彩。その中に閉じ込められて戸惑う自分の姿が映っていた。
「あのネ、ボクもーーーー」
エメットさんがなにか言いかけたとき、ポン、と軽い音がして次いで暖かい光が視界の端で溢れ出した。
わたしもエメットさんもビックリして音の方を向くと、
「っわ、シャンデラ!?」
ふわりと揺れる青色の炎。まるまるとしたフォルムのシャンデラがこちらへとダイブしてきたところだった。エメットさんとわたしの間に潜り込むようにすり寄ってきたシャンデラを抱きしめると、シャンデラは甘えたようにわたしの腕にてを絡めた。
「勝手に出てきちゃダメだよー。どうしたの、お腹空いた?」
ゆっくりと頭を撫でてやると肯定するように細く鳴く。エメットさんはそんなシャンデラを酷く驚いた様子で見つめていた。確かに、自分のポケモンが勝手にボールから出てくるなんて驚きだよね。しかも観覧車の中なんて不安定な閉鎖空間ではちょっとご遠慮願いたい。
「その子、」
「どうかしたんですか?」
「…いや、別になんでもないヨ。園内にポケモンも一緒に食事できるレストランがあったから、そこに寄ってから帰ろっカ」
「はい!」
「それで、昨日は随分と遅くまで遊び惚けていたのデスか」
ドスの効いた声で睨み殺そうとしてくる鬼上司の逆鱗に触れたのは他でもない、わたしがうっかりインゴさんから預かっていた書類の束にコーヒーを引っ掛けてしまったからである。
「おかげで寝不足デスか?冗談は顔と頭だけにしておいてくだサイ」
「…すみません、」
「お前がどこでなにをしてようととやかく言う気はありまセンが、仕事に影響させるとは社会人としての自覚が足りナイのでは?」
くっ、今日のインゴさんは機嫌が悪いのだろうか。いつもより三割増しで眉間にシワを寄せたインゴさんの今日の説教は若干八つ当たりのような気がしてならない。そう言えばインゴさん夜勤明けだったっけ。ということは、昨日は休日をヘラヘラと謳歌しまくったわたしはインゴさんが寝ずに作成した書類にコーヒーをぶちまけてしまったようである。なるほど、相変わらずいろんなタイミングが最低だ。
「まぁまぁ、そのくらいにしておいたら?」
「エメットさん、!」
これ以上ないと言うほどに小さくなって回避立が上がっていたわたしに助け舟を出してくれたのは何処からかひょっこりと現れたエメットさんだった。
「自分の部下の教育をお前に口出しされたくありまセンね」
「ナマエがドジなのは説教じゃ治らないヨ?あと、はい。これ忘れ物」
あれ、エメットさんさり気なくわたしのことバカにしてないでしょうか?なんて突っ込める空気ではなかったので黙っておくけど。エメットさんはインゴさんにひとつのモンスターボールを手渡しているようだった。
「とやかく言わない、なんて嘘ばっかり。そんなにナマエが心配だったノ?」
「さて、なんのことでショウ?」
「ポケモンに監視させるなんて悪趣味。ナマエ、次のデートのお誘いは内緒でしてよね!」
「え?あ、はい?」
よくわからない会話の末にひらりと手を振りながら去ってしまったエメットさん。残されたインゴさんの機嫌がさらに悪そうなのはわたしの気のせいであって欲しいと心から願うことにはたして意味はあるのでしょうか。
紅涙さん宅10000打企画でリクエストしてきました…!
これはまずいですね…非常にまずい。天使過ぎます。天使力カンストしてますよエメットさん。
紅涙さん宅拍手連載設定エメットさんでお願いしました!
拍手をする度性的ヴァンパイアに狙い撃ちされるんですがこれは罠ですか…?