朝、詰所に入室した私の目に映ったのは、銀色の大型犬。
もといクダリさん。
が、私のデスクに座っておりました。
またですか。
いや、呆けてる場合じゃないわ。
クラウドさんたちは何が可笑しいのか、にやにや笑っている。
その笑いの的は、座れずにボーッと突っ立っている私のこの無様ぶりか。
それとも人様の席に座っていることにも気付かず、珍しくバリバリ書類を片付けてるクダリさんか。
まぁどちらでもいい。
彼にどいてもらわない限り私は仕事が出来ない。給料泥棒反対だ。
「すみません白ボス、ここは私の席なのですけど」
「うん、知ってる。ここ、ナマエの席」
にっこりと笑って返事された。
いや、分かってるならどうしてそんなことをするんだ。嫌がらせか。
空気を読んでくださいよお願いですから。
何?と語るその髪の色と同じ色の瞳を見つめつつ、もう何度言ったかも分からない台詞をまた繰り返す。
「お仕事なら自分の机があるでしょう?」
要するに「早くどけよコノヤロー」ってことだ。
だけどクダリさんは全く気にも留めてないみたいで、笑顔を保ったままだった。
「もうちょっとだけ待って。キリがいいところで終わらせるから」
この台詞も何度目になることやら。
恐ろしいスピードで書類を捌いたようで、先ほどまで山のように重なり合っていた書類が消え失せている。
ノボリさんがカッ!!と目を見開かせブラボー!!と褒め称えるが、適当に往なしていた。
ようやく退いてくれて、やれやれと内心溜め息をつきながら席に着くと、今度は隣の席に座って話しかけてきた。
「あのね、僕ね、ナマエの席が好き」
「はぁ…そうですか」
資料が取りやすい位置にあるとか、座り心地のよい椅子っていうわけではないのに、何故。
そもそも資料に関しては、サブウェイマスターの席の方が近い。
彼らの執務室には、この椅子より余程質の良いそれがあるし。
「ねぇねぇナマエ。僕がその席を好きな理由、知りたい?」
クダリさんがグッと身を乗り出してきた。
そして如何にこの場所が気に入っていたかを語り出す。
「僕ね、ギアステーションに就職したばかりのとき、その机に座ってた」
「え、そうなんですか?」
「うん。だからね、初心に戻りたいときとか、ちょっと疲れたときはその席に座る。それでね、入社したばかりの真新しい気持ちを思いだす」
へぇ…意外。クダリさんもそんなことするんだ。
とハッキリ言うのは流石に失礼だから、「素敵ですね」と少々曖昧な表現を用いることにした。
社交辞令の域を出ない言葉にも関わらず、クダリさんがパァッと破顔一笑する。
「あとね、もう一個理由ある」
「もう一個?何ですか?」
「僕だけのジンクス。この席に座ると、一日一回絶対幸せになれる」
「わー、いいですねそういうの!」
実を言うと、私もそういうのが好きだったりするのだ。
ほら、5円玉に赤い糸を結びつけてお財布の中に入れておくと、好きな人と恋人同士になれる、とか。そういうの。
クダリさんの幸せの形は、どんな形なんだろう。
「それで、今日の分の幸せはゲットできたんですか?」
「うん。でもね、まだまだこの幸せは進化する予定」
「ふふふ、貪欲ですねぇ」
「うん。だって、こんな風にお話するだけじゃ足りない。もっと仲良くなりたい。一緒に御飯食べたり、手を繋いだり、キスしたり」
「え?…行き成り何の話、を…」
不意に、ある一つの仮説が思い浮かんだ。
だけどそれを口にできるほど確信はなく、かといって笑い飛ばすには条件が揃いすぎている。
真意を探るようにクダリさんを見詰めていると、ほんのりと頬を赤く染めた彼が、同じく私を見つめ返してきた。
「とりあえず僕のこと意識してくれそうな予感はするから、第一段階はクリアしたんだけど」
「……」
「今はこれ望めそうにも無いし、幸せの進化はまだもうちょっと先になりそう。でも僕、早くもっともっと幸せになりたい。だから、」
早めに返事、頂戴ね、ナマエ。
ようやく、私が望んだとおり、クダリさんは席を離れてくれた。
だけど私は茫然とその後姿を眺めることしかできなかった。
ちょっ、ちょっと。
何でそんな頬赤くさせて笑顔浮かべてるのよ。
え、あの……私、理解不能。
ノボリさん、何でそんな微笑ましそうな顔をしてるの?
何でクラウドさんたちもニヤニヤしながらこっち向いてるの?
ねぇクダリさん。
返事って、私がするの?
2012'Xmas:『恋獄』Master@Nicoto
ニコトさん宅からクリスマスプレゼントをつかみ取って逃げ帰ってきました。
ああありがとうございます!素晴らしい聖夜を過ごせそうです!