仕事を終えた私は、仲睦まじく寄りそうカップルたちを横目にスタスタと早足で寮へ戻る。
今日はクリスマスイブ。
綺麗なイルミネーションの施された街路樹は本当に綺麗だが、それを一人で見て帰ると言うのも気が引ける。
ノボリさん達たちまだ書類の整理があるらしく、私は皆の邪魔にならないよう早々にお暇させてもらったのだ。
「クリスマスか…フライドチキンでも買ってくればよかったかなぁ…」
「遅い、何をしていたのです」
「いたいっ!」
失敗したな、なんて思いながら寮の門を通ったところでやたらと不機嫌な声と共に雪玉を投げられた。
雪をほろい振り返った先には、心底機嫌の悪そうなインゴさんが冷たい外気に晒された冷えきったコンクリの壁に寄り掛かっていた。
しかもコートのみで、マフラーや帽子の1つも着けずにいるものだから耳まで真っ赤になっている。
「風邪引きますよ!ってかそもそも何でこんな所に立ってるんですか!」
「ナマエ様を待っていたのですよ」
「待ってたなら教えて下さい!」
私は鞄の中ににしまってあった耳当てを透かさず取り出し、インゴさんに無理矢理付けてやる。
随分と長く外に居たようで、少しだけ触れた肌は氷のように冷たかった。
「ナマエ様、頭の悪い貴女様でも今日が何の日かはご存知でしょう?」
「え、クリスマス…」
「That's right. いい子ですね」
「馬鹿にしてません?」
まるで犬を誉めるような言い方にムッとすると、ソレさえも笑われる。
インゴさんは、さっきまで機嫌悪そうだったのに今は意外と良さそうだ。
そう思っていると行きますよナマエ様、と突然手を引かれ、予期せぬ行動に私は足がもつれてフラつく。
「え、行くって何処にですか!?」
「クリスマスに向かう場所など決まっているでしょう…それとも昇天なさりたいので?申し訳ありませんが、わたくしその体型にはあまり」
「聖なる夜に下発言しないで!」
いくら近くに人がいないとしても、今のはダメだ。
しかもその体型にはあまりってどう言うことですか、色気がないのは私が一番理解してますからね!
「あの、本当に何処に行くんですか」
「教会ですよ、この時間なら人も少ないでしょうし」
「え、教会?」
そう言えば教会ってクリスマスにミサとかやるんだったっけ。
そういう信仰心が全くないからよく知らないんだけど…インゴさんたちってやっぱり神様とか信じてるのかな。
「ミサは既に終わりましたし、別に神を敬えと言うわけではありませんよ」
「あ、そうなんですか?」
「わたくしもあまり信仰心は強くありませんので…ただ、クリスマス時期の教会は好きなのです」
イルミネーションや常に聞こえてくる音楽が好きなのだとインゴさんは言う。
今まで私はクリスマスは家で家族とケーキ食べるくらいしか記憶にないから、こうして誘って貰えるのは嬉しいけれど…インゴさんまさか独り身とか言わないよね。
「彼女さん仕事だったんですか?」
「………はい?」
「あ、いや、インゴさんがクリスマスに暇を持て余して私のとこ来るなんてそれくらいかなぁと…」
「本気で言っているのですか?」
思いきり声のトーンが下がったインゴさんに条件反射で謝った。
もし、仮に、インゴさんに彼女がいなくてこうして誘いに来てくれたと言うことがあったなら、それは間違いなくフラグである。
だけど、それを認めるのはちょっと調子に乗り過ぎではなかろうか。
「ほら、着きましたよ」
「あ……すっごい…」
「ナマエ様…もう少し大人な感想を言いなさい、馬鹿ですか馬鹿なのですか」
「だって、こんなに綺麗なの初めて見たんですもん!後、そんなに馬鹿って言わないで下さい!」
私たちの眼前にあるのは青を基調とした大きなステンドグラスのある教会。
周りの木々にも青い電灯がつけられ、ピカピカと光っている。
なんて言えばいいのかな、とにかく綺麗で華やかで私が立っているのが申し訳なくなるようなもの。
「幼い頃はクリスマスになるとイッシュの祖父母の家に来てまして…この教会には毎年ノボリ様やクダリ様たちと来ていたのです」
「大所帯ですね」
「えぇ全くその通りでございます…ナマエ様、中に入ってみましょうか」
「あ、はい!」
さくさくと雪を踏み締めて進んで行くインゴさんの後を追う。
子供のようにその足跡を辿っていると、やはり歩幅が合わないのか時々転びそうになった。
コレ結構楽しいんだよね。
私が扉の前に着くと、インゴさんは少しだけ呆れたような顔をしながら扉を開けてくれた。
一歩足を踏み入れると、そこはまるで別世界のよう…外からみたステンドグラスの光が、礼拝堂の先にある十字架を照らしている様子は神秘的としか言いようがない。
インゴさんの言った通り、クリスマスイブも残りわずかとなりつつあるこの時間に礼拝しに来る人はいなかったようだ。
「インゴさんせっかくだから聖歌とか歌って下さいませんか」
「嫌です」
「ですよねー」
インゴさんの声なら綺麗そうなのになぁ…なんて思いながら、礼拝堂の奥へ進むインゴさんの後ろをついて行く。
カツコツと反響するヒールの音はなんだか不思議な感覚だ。
「あぁ、ありました」
「なんですかそれ…蝋燭?」
「そうです、ナマエ様はこちらを」
そう言って差し出されたのは薄黄色の少し大きな蝋燭で、インゴさんの手には私のとは大きさも違う白い蝋燭が握られている。
すると、インゴさんはおもむろにコートのポケットからライターを取り出し、自分の蝋燭に火を点けた。
それをこちらに向けるので、どうやら貰い火をしろという意味らしい。
「火は点きましたね…ナマエ様、台の上にある金色の皿が見えますか?」
「この丸いのですよね…ん?これ溶けた蝋燭かな」
「そうです、底が安定していませんが、その皿に蝋燭を立てて下さいまし、絶対に倒してはいけませんよ、絶対に」
「はー…ぃ」
威圧感で潰されそう。
私は何とか倒さずに蝋燭を立て、隣に立つインゴさんを見ると、彼も同じように慎重に蝋燭を立てていた。
「立ちましたね」
「そうですね、ちなみにコレって何か意味があるんですか?」
「ナマエ様、こちらを向きなさい」
「はい?」
何ですかと向き直った瞬間、突然腕を引かれて思わずインゴさんに倒れ込んでしまった。
「うわぁすみませんインゴさん!今結構な衝撃でしたよね、鳩尾に肘刺さりませんでしたか、大丈夫ですか!」
「少し黙りなさい」
耳元で聞こえたのはいつもよりも低く、幾分か柔らかい声。
後頭部と背中に回された腕の感覚に、抱き締められたのだと気付くには時間がかかった。
「I love you.」
そう言うとインゴさんは体を離し、真っ直ぐに私の目を見つめる。
ステンドグラスの光と蝋燭の炎が写り込む青い瞳は、まるで宝石のような色をしていた。
「ナマエ様、お答えを」
「…え、と」
「ん?」
「わ、たしでいいんですか?エイプリルフールは今日じゃないですし…あの、こんな駄目な見た目しかしてないし」
「ぐだくだ言わずに答えなさい」
「う…」
インゴさんはこれ以上私が弱気な発言は許さないと言うようにと、有無を言わさぬ強い口調で話を遮った。
「私も好きです」
「よく出来ました」
そう言って私の額に口付けたインゴさんは楽しそうに笑った。
こちとら心拍数と血圧が大変なことになってると言うのに、あまりにも楽しそうなインゴさんを見てたら何かもうどうでもよくなってきた。
「ここで蝋燭を灯し、倒さずに愛を誓えば二人の愛は永遠だそうです」
「…へぇ」
「まぁ…そんなもの無くとも、貴女様が逃げたら足を切ってでも連れ戻してやりますよ」
「わぁ逃げられない」
愛し火
甘夏さん宅からクリスマスフリーをいただいてきました!
インゴさん…イケメンやで…
ありがとうございました!