午後のトレイン運行も一段落し、ポケモンたちの健康ノートもやっと書き終えた私は大きく息を吐いた。
固まってしまった体を伸ばそうと椅子の背もたれに目一杯背中を預けて反り返ってみると、そこには逆様に映ったインゴさんの顔があった。
……え、インゴさん?
「うわぁっ!い、インゴさん!?何処から沸いて出たんですか!」
「沸いて出たとは失礼ですね、ノックをしたのに返事もしないナマエ様が悪いのでしょう」
「すみません」
「そのテンションの落差は何ですか」
はぁ、と溜め息を吐いたインゴさんは仕事が終わったならこちらへ来なさいと顎でポケモン用のベッドを指す。
未だに背中を伸ばしたままベッドのある方に視線を向けると、そこには小奇麗な紅茶のセットと…焼き菓子が。
「吐かぬ事をお聞きしますが…あのお菓子は誰が作ったんですか」
「キャムシンですよ、昨日届いたので持って参りました」
よかった…あれがインゴさん手作りじゃなくて本当に良かった。
そう思いながらも私は椅子から立ち上がり、インゴさんに言われた通りにそちらへ向かう。
この部屋意外と来客多いからそろそろソファーとか買わないとダメかな。
インゴさんは私が座ったのを見届けると紅茶の用意を始めた。
実を言うと、インゴさんの淹れる紅茶は奇跡とも言えるくらいとても美味しい。
壊滅的な料理たちとは違い本当に美味しい…というか何故紅茶は美味く淹れられて、食べ物たちは見るも無残な姿になるんだろうか…
「ナマエ様は砂糖やミルクは入れませんでしたね」
「はい、ストレートでお願いします」
「何故甘いものを食べないのにこんなに肥えるのか理解しかねます」
「私のは醤油による塩分の過剰摂取です…インゴさんこそ大量に砂糖入れるのになぜ太らないんですか」
私の前ではそうでもないけれど、インゴさんはヘビースモーカーだ。
そして、タバコを吸わない時はひたすら甘いものを食べている…つまりインゴさんは極度の甘党なのだ。
私が実際にその光景を目の当たりにしたのはつい最近だけれど。
普段のインゴさんは、紅茶をストレートで飲むのが当たり前だったんだけど、ある日突然ごっそりと砂糖を入れた時は本気でびっくりした。
それ以外だと甘いショートケーキに角砂糖埋め込み始めたり…とにかく酷い。
勿論、ビター系統も嫌いじゃないらしいが、甘いものの方が良いそうだ。
「インゴさんが飲む紅茶がストレートの時と大量に砂糖入れられる時の心境の違いは何なんですか?」
私は淡々とお茶の準備をしていたインゴさんにそう問いかけた。
インゴさんは少し考えた後、そうですね…と思い出したように話し始める。
「ストレートの時は愚弟の書類の出来が悪かったりなど機嫌の悪い時でございます、砂糖を入れるのはそれ以外の時ですよ」
「じゃあ大半はエメットさんのせいでストレートなんですね」
「その通りです、あの愚弟の仕事のできなさは天下一品でございますよ」
ですので仕返しとしてこの一週間は奴に全ての仕事を丸投げして有給を取って参りました、そう言って笑うインゴさんは随分と楽しそうだ。
そうか…エメットさんに仕事任せてきたからこっちに遊びに来てたのか。
「出来ましたよ」
「綺麗な色ですね!頂きます!」
「紅茶は香りも楽しむものですよ」
そう言って差し出されたのは透き通るようなワイン色した紅茶。
茶葉はインゴさんのお気に入りのものを持ってきてくれたらしく、とても良い香りがする。
さっそく一口頂くと、予想通りめちゃくちゃ美味い。
「やっぱりインゴさんの淹れる紅茶が一番美味しいです!」
「当然でしょう、わたくしが淹れるのだから」
ふん、と満足そうに笑ったインゴさんも自分で淹れた紅茶を飲む。
さっき香りがどうとか言ってたけど、その砂糖が溶けきらなかった紅茶は香り大丈夫なんですか。
「菓子も食べなさい、余ってしまっても意味がありません」
「はい、いただきます!」
インゴさんに促されるままに口に含んだクッキーは流石お菓子作りのプロ。
このツンデレインゴさんの胃袋を掴んだキャムシンさんだ、紅茶に合わせて作ってくれたんだろうな。
「インゴさんとこうして大人しくお茶会なんて、初めてじゃないですか?」
「そういえば…普段は愚弟やらクダリ様が邪魔をなさいますし」
「ですよねー」
隣に腰かけたインゴさんはベッドの座り心地がお気に召さないのか、時折座り直したりしていた。
いやホントすみませんインゴさん。
貴方みたいな女王様を人間ようですらないベッドなんぞに座らせて。
「そう思うなら早くソファーを買いなさい、来る度これではムード一つ作れもしません」
「え?食べ物?」
「それはフードですアホ娘」
そう言い、インゴさんはやれやれと言った様子で冷ややかな目線を向けてきた。
そのキツい視線が似合うのってインゴさんくらいじゃないか…と言うか相変わらず綺麗な色だなぁ。
「何です?人の顔をずっと見て」
「あ、いや…ホントに綺麗な青色だなと思って」
「あぁ瞳ですか、わたくしはナマエ様の色も好きですけれど」
「そうですか?ありがとうございます」
インゴさんに褒められると照れる。
と言うか普段はツンデレなのに急に恥ずかしいこと言い出すから困る。
これが海外クオリティと言うものか…
「安心なさい、社交辞令です」
「畜生!そうだった!インゴさんはそういう人だった!」
もう嫌だと叫んだ私を見たインゴさんはクスクスと笑い、お菓子に手を伸ばす。
「まぁそれはさて置き…やはりこうしてナマエ様と過ごすのはいいものですね」
「…綺麗に纏めやがりましたね」
「ほら、お茶が冷めますよ?おかわりならばいくらでも用意してあげますから飲んでしまいなさい」
「…おかわりいただきます」
紅茶と角砂糖
(今日の紳士は甘すぎる)