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古びた本の匂いが鼻を掠める。
昼休みということもあって勉強をしたり本を読んだりしている生徒がぽつぽつと居た。その中に見慣れた赤い髪が見えたから、私は背の高い本棚の間をするりと抜けてその後輩の前の席に座る。
シルバー君は気付いていないようだ。カリカリと、シャーペンがルーズリーフにぶつかる音が私の耳に響いた。


「ね、ルーズリーフ一枚くれない?」

「うわ!?」

「しっ」


突然話しかけられたのが相当驚いたらしいシルバー君に、人差し指を自分の唇の前で立てる。シルバー君は何か言いたげだったが、さっき声を上げたせいで他の生徒たちに驚かれているのに気付いたようで、仏頂面で黙って私にルーズリーフを一枚差し出した。ありがとう、とひそひそ声で話す。


「あ、あとシャーペンも」

「…何しに来たんだよ、…ナマエ先輩」


小さくなった語尾に苦笑が漏れた。どうやら彼はまだ私を先輩と呼ぶことに慣れていないらしい。まあシルバー君が入学する前から家が近所で度々話す仲だったのだから無理もないか。一向に敬語が入ることはなさそうだが。


「何って、うーん、なんだと思う?」

「俺が知るかよ」

「本当は気になってる癖に」

「なってねえ!」

「しっ、てば」


またさっきみたいに人差し指を口元に当てると、シルバー君はばつが悪そうに黙って問題集に向かった。ひょいとシルバー君のルーズリーフを覗き込むとそこには文法やら漢字やらが意外と綺麗な字で罫線通りに並んでいた。
シルバー君に貰ったルーズリーフにさらさらと文字を書き込んではい、と差し出す。シルバー君が怪訝な顔をして私を見たから、にこにこと笑ってまた人差し指を立てた。


“問四の答えはアじゃなくてエだよ”


「あ、ああ…サンキュ」


ひそひそ声で私にお礼を言ってから、ごしごしと消しゴムで問四の答えを消す。素直でかわいい。
私はまた、ルーズリーフに書き込んだ。


“シルバー君って不良そうにしてるけど、意外と真面目だよね”

“余計なお世話だよ”


すると彼からもルーズリーフで返事が返ってきた。それにまた筆談で返す。


んーでもね、テスト前に図書室で勉強するって相当努力家じゃないかな。

お前はやらなくていいのかよ。
こら、先輩。

…ナマエ先輩、今年受験だろ。
うん、余裕だから。

むかつく。


テンポの良いやり取りに、なかなか楽しくなってルーズリーフがどんどん埋まっていく。シルバー君の勉強の邪魔して悪いけど、まあ彼は本気で邪魔なら追い出しちゃう人だからそうされてないってことは大丈夫なんだろう。


“じゃあマジで何しに来たんだよ”


ぶっきらぼうに見える文面に笑ってしまった。やっぱり気になってるんじゃない。かわいいなあ、シルバー君は。
クスクス笑っていると、シルバー君が向かっていた問題集から顔を上げた。不本意そうにむくれているのがまたかわいい。


“なあに、シルバー君”

“今心の中で子供扱いしただろ”

“あ、ばれちゃった?”


いっこしか変わんねーじゃねえか。シルバー君が頬杖をつきながらむすっとして呟いた。あら、不機嫌。


“子供扱いされるの、嫌?”

“嫌に決まってんだろ”

“どうして?”

“何でって、そりゃ”


「私のことが好きだから」


シルバー君がルーズリーフに書き終わる前にそう口に出すと、シルバー君は私を見てぽかんと口を開けた。思わずふふ、と笑ってしまう。耳が赤い。
前から知ってたよ。しれっとそう言うと「な、」と言ったシルバー君は頬も赤くなった。髪の色みたいだなあ、と眺める。


「な、そんな訳ね…」

「うそ」

「………最悪だ」

「どうして?」


シルバー君は頭を抱えた。どうやらいつもみたいに意地を張る気力もないらしい。髪の隙間から見える耳は髪なのか耳なのか分からない。


「…いつか俺から言おうと思ってたんだよ」

「あら。それはごめんね」

「謝んなよ…っ」


呆れたようにがくんと肘を折った。
時計を見ると、昼休みが終わる5分前まで迫っていた。再びシルバー君を見ると、相変わらず抱えている髪の隙間から私を見る瞳と目が合う。
さっきとは違う射抜くような視線。シルバー君、こんな表情もできるんだと少し心臓が跳ねた。


「…返事は?」

「うん、あのねシルバー君」

「……」

「私がここに来た理由は、君だよ」


きょとんとした顔がかわいかったから、強引に唇を奪ってやった。



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