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学校生活には一人一人の参加意識と責任感が云々〜
そんな校長先生のありがたーい大演説の後にあったクラスの係決め、4月の話。

私は今猛烈にその4月の自分を恨んでいた。


「誰かあ!いませんかー!!」
「ナマエさん、いい、諦めよう」
「諦めようったってどうするんですか!」
「君のその努力は残念だけど報われないよ、ここは普段誰も使ってないんだし」
「う…」


何だかちょっと新品の靴の底の匂いがする体育用具室、そこに私ナマエとなぜかクダリ先生が閉じ込められていた。
用具室も人が取り残されることなんて想定して設計されてる訳ないから、外側からがちゃり、鍵をかけられてしまえばハイ密室のできあがりである。全然笑えない。

クダリ先生はマット運動のマットレスのロールに腰掛けて、ハァ、と一つ息をついた。



コトの発端は忌々しい、体力テストである。握力計だのメジャーだの、普段は使わない用具を引っ張り出してきて意味もなく人の体力を数値化する、あの体力テスト!

何を隠そう私はクラスで二人いる体育係の一人である。ノボリ先生には、その、ちょっと渋い顔をされたけど、毎日授業のある国語係なんかに任命された日にはやれプリントだやれ連絡だで忙しくなること請け合いなのだ。その点体育は週2日、しかもプリントなんてめったにないから仕事は無いも同然だ。

って安直な考えで揚々と手を挙げた4月の私、ちょっと来い!


二週間は続く一大イベント・体力テストで、私たち体育係は普段の仕事が少ない分いいようにこき使われている。器具の運搬は勿論、記録用紙の記入、集計まで、ことごとく押しつけられているのだ!それはしばしば放課後まで続く残業になって、ふうふう言いながら長座体前屈のものさしを運んでいたら、今この状況に至る。


「じゃあずっと出られないんですか…?」
「それはないよ。君も僕も荷物はそれぞれ教室に置いてあるでしょ?そのうち誰か探しに来る」
「そんなぁ…」


ここでクダリ先生に不平不満を言っても、先生だってとばっちりなのはわかってる。そもそも器具運びなんて保健の先生の仕事じゃないのに、二人ではなかなか進まない作業を見かねて手伝ってくれていたのだ。悪いことをしてしまった。


「クダリ先生すみません、せっかく手伝ってくれたのに…」
「ナマエさんのせいじゃないでしょ」


へらりと笑ってひらひら手を振る。何て優しい人なんだ。突っ立っているのも疲れるから、私もクダリ先生の腰掛けるロールにお尻を預けた。足の長さがアレだから私は寄りかかるかっこうになるけど。

鍵をかけたのは多分、もう一人の係だろう。部活だなんだって急いでたし。気づかないとかどうかしてる。本当、ここから出たらとっちめてやる。


「ナマエさん、携帯は持ってないの?」
「やだ先生、私って結構真面目なんですよ!携帯は持ち込み禁止じゃないですかー」
「ふーん…」


そんないやーな目で見なくても、今持ってないのは本当ですよ!鞄の中に置いてきましたもん。くそう。


「クダリ先生は?」
「デスクに置いてきた…」


苦い顔をしてじいっと正面のドアを見つめるクダリ先生。…これはなかなか気まずいものがある。真剣な横顔から目をそらして同じようにドアを見つめる。そこにはいたって普通の、両開きのドアしかない。鍵は南京錠だ。


「建設的な話をしよっか」
「け、建設?」
「むやみに叫んだり待つよりも確実に出る方法を考えよって話」
「でも諦めようって…」
「暇だし、それにこれからもっと切羽詰まったことになるかもしれないし」
「切羽詰まった?」
「うーんと、お花を摘みに行きたくなったり?」
「お、お花ってそんな呑気な…」
「いや、トイレに行きたくなるってこと。なんならバケツくらいはあると思うけど、嫌でしょ?」
「い、嫌です!嫌!」
「うん。今は大丈夫?」
「はい…しばらくは…」


忘れてた…!クダリ先生の目の前でトイレをしなきゃいけないなんてとんだ羞恥プレイだ。早く脱出しなければ!


「まず、窓は一つ、格子さえついてなければ君なら辛うじて通れそうだけど、この格子妙にしっかり取り付けられてるね」
「とすれば脱出はドアからですか」
「それが正攻法だけど」


クダリ先生はひょいと立ち上がってドアに近づく。派手にがちゃがちゃ音を鳴らすけど、ドアが開く気配はない。


「ドアは一センチくらいしか開かない。鍵は後付けだから、壊しても大丈夫だけど」
「そんな隙間から壊せますかね?」
「残念だけどこの隙間を通るほど細くて頑丈なものはないね」


今度はクダリ先生の目線の高さに取り付けられている窓の格子を掴んで、ガンガン揺さぶり始めた。


「うーん、これ、溶接、されてるみたいっ」
「何でそんなにしっかり作ったんですかね…」
「不審者用だろうね、中から出るようには作ってないでしょ」

至極まっとうな意見。クダリ先生は格子の隙間から手を伸ばして、くもりガラスの窓をカラカラと開けた。


「んー…位置的にグラウンドの端っこなんだろうけど、こんなとこ誰も通らないよね」
「サッカー部に聞こえませんかね?」
「やってみる?」


え?やってみるって、
クダリ先生はすうっと息を吸って、


「おーーい!!!聞こえますかあ!!」


耳が、キーンてした!その細身のどこからそんな声出してるんだ。
よく通るそんな大声も、しかし、虚しく空に消えていったようだった。


「ダメみたい。何も反応ない」
「じゃあ私がやっても無駄ですね…」
「うーん、跳び箱、は使えないし、握力計ものさしメジャーマットボール、ネットにポールにラケット」
「バドミントンでもします?」
「シャトルは見当たらない」


万事休す、だ。大人のクダリ先生でもどうしようもないことを私がどうこうできるはずもない。クダリ先生はラケットで鍵を壊そうとしたみたいだけど、隙間には入っていかなかった。


「諦めましょーか」
「そうする?」


トイレは行きたくなったときに考えよう。クダリ先生は割とあっさり頑張るのをやめてまたマットのロール椅子に戻ってきた。


「あー誰か来ないかなーあー」
「一応八時には守衛さんが全校見回りに来る。最悪その時に叫べば見つかると思うよ」
「おーあと三時間!ですね!意外と短い!」
「はは、ポジティブ」
「それだけが取り柄ですから」
「あ、寒くない?」


唐突に聞かれて、ふと、私が今上下体操着であることに気づく。それも半袖の。こうして放課後に器具の片付けをしていたのも最後の授業が体育だったからだ。
まだ朝夕は涼しい風が吹く季節で、指摘されるとぞわぞわ、むきだしの腕が寒いような。

クダリ先生はよいしょ、と立ち上がると開けっ放しだった窓を閉めて、ばさり、白衣を脱いだ。


「えっ、ちょっ、クダリ先生?」
「はい。薄いけど羽織るだけでも違うと思うよ」
「いやいやいや、大丈夫です!そしたら先生も寒いですし!」
「僕は下もワイシャツ、長袖。それに保健医が生徒に風邪引かせたら洒落になんない」


ぐい、と押し付けられて、やっぱり寒かった私は誘惑に勝てずにそれを受け取った。腕を通してみる。
う、わ、わかってたけど人間ってここまで手の長さとかに差がある種族だっけ?裾はギリギリ床につかないけれど腕はだらしなく袖が余って、ぶかぶかで格好がつかない。でも、さっきまで触れていたぬくもりが移っていて、温かい。


「大分まし?」
「はい!あったかいです!」
「よかった」


ふわり、微笑んで、クダリ先生はロール椅子で足を組む。
私はロールに寄っかかって、余った白衣の袖をぶらぶら遊んだ。


「あのさあ、」
「はい、何ですか?」
「うーん…」
「?」
「ナマエさんって、ノボリ…先生と付き合ってるよね」


遊んでいた手を止める。クダリ先生に目をやると、先生は私のことをじいっと見つめていて、慌てて目をそらした。あれ、先生は双子の兄弟だから、知ってるの?どうしよう。どうしたら、いいの。
少しの沈黙が雄弁に語ってくれたようだった。クダリ先生は眉を寄せて、怒ったような困ったような顔で笑うという複雑な芸当をしてみせた。


「…あのね、頭ごなしに全部否定するつもりは、ないよ。でも、それでも君は間違ってる」
「…何をですか」
「君の、ノボリ先生に対する気持ちを。それは恋とか愛とかじゃない。自分ができないことをできる、大人への憧れだ」


正しく非難するように。私が倒錯していると。



ちょうどその時だった。金属の触れ合う音と、鍵をはずす重い音が聞こえたのは。
私たちは二人とも、はっとドアに注目した。がらがらと横開きのドアが開かれて、


「……ナマエさん、クダリ先生」
「ノボリ、先生!」


じゃらじゃらと鍵の束を持ったノボリ先生が立っていた。
時間は私たちが閉じ込められてから一時間くらいしか経っていなくて、思っていたよりも早く助かった。


「よかった!出られないかと思いましたよ!」
「教室に荷物だけ置いてあったので、おかしいと思ったのです」
「ありがとうございますノボリ先生!」




ぱたぱたとノボリに近づくナマエさんに、ゆるりと微笑むノボリ。こうなるとは思っていた。僕が予想したよりもずっと早かったけど。


「…随分早かったんだね?」


するりとドアをくぐって、すれ違いざまそう告げる。ノボリはキッと僕を睨んだ。


「あ、クダリ先生、白衣ありがとうございました」
「うん。もう一人の係の子に言っておいて、鍵をかけるときは人がいないか確認、ね」
「はい、しばき倒しておきます!」


ナマエさんから僕の手に渡る白衣を、ノボリは恨みがましく見ていた。今回は正直助かったしノボリも何もしてないから僕も口出ししないけど、その女の子の肩に乗せてる手が次に何かしようとしたとき、僕は弟として、先生として、全力で止めるから。



冷たい火傷
冷たい視線が嫉妬に燃える


¶紅涙様・300000hit企画「拍手連載夢主と▽先生が二人きり」
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