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「危ないっ!」
「え?」


瞬間、ブラックアウトして途絶えた意識は、ふわふわとした心地よさに誘われて浮かび上がってきた

あれ?今、私何してるんだろう

確か体育の授業中だった
体育館をめいっぱい使ってドッチボール
高校生になってもそれは盛り上がる競技に変わりはなくて、クラスを二つに分けた男女混合チームでなかなか白熱した試合をしていたはず、だ
運動が特にできるわけでもできないわけでもない私は、とにかくボールを当てることはできなくても当たることはないようにと、コートを逃げ回っていた
ちょっとかっこ悪いけどしかたない、だっておかしいよ男女混合なんて、あの野球部の完全に本気の投球がうら若い女の子に当たったらどうするんだ

なんて、そんなことを考えて怯えながら逃げていたら、野球部でもなんでもない、普通のクラスメイトにひょいっとボールを当てられた
うわ、油断したな
ピー、笛が鳴ってちょっと駆け足で外野に向かう

大丈夫、まだチャンスはある
外野だったら狙われることもない
こぼれ球を拾って当てれば、また内野に戻って  


「危ないっ!」

今度こそ絶対野球部だ
後頭部に鈍い痛みを感じながら、意識を手放す直前にそう思った



そうか、ドッチボールしてたんだ私
風が頬を撫でたのを感じてうっすらと目を開いた
目の前には、ぼんやりとした白が広がっている


「…気がつきましたか」
「うわ」
「先生に向かってうわ、とは何ですか」

白の中に急に黒が入ってきて驚いた
ピントが合ってきた視界には、いつもどおりに口を引き結んだ彼がいた

「ここ…」
「保健室ですよ」
「やっぱり」
「頭でボールをキャッチするとは、どこまでどんくさいのですかあなたは」
「な!好きで受けた訳じゃないです!不意打ちだったんですよ」
「はあ」
「それよりなんでノボリ先生がここにいるんですか?!今って授業中じゃ」
「いいのですよ、自習も大切ですから」
「いやよくないでしょ」

私の言葉を無視したノボリ先生の大きくて温かい手が私の頭を撫でる
ゆるゆる、慈しむような動きが心地いい
なんだか、意識がない間もずっとこうされていた気が、した

その手が段々と降りていって、ボールがぶつかったところに触れると、鋭い痛みがして顔をしかめた
何度も確かめるようにその場所を撫でられ、いよいよずきずきと痛み出したそこに、抗議の意味を込めてキッと彼を睨んだ

「…心配、したのですよ」
「え」

私よりも苦しげに顔を歪めて彼が言う

「あまりわたくしの寿命を縮めないでくださいまし」

ただでさえ、あなたとは歳が離れているというのに

「…すみません」
「わかればよろしい」

先生はベッドサイドの椅子から立ち上がると、ぱっとスーツを直した

「では、授業に行ってまいります」
「やっぱりあるんじゃないですか!というか、私も行かなきゃ」
「あなたは、」

ふわり、と先生の匂いが鼻をかすめて、おでこに柔らかい感触がした


「もう少し休んでいなさい」


返事を聞かずにカーテンを開けてさっさと出て行くノボリ先生

学校、なのに
いつもだったら学校で必要以上に話したり、こんなこと、しない
ちくりと痛んだ良心をむしばむようによくわからない、背中をなぞるような感覚がした


ぼすん、と枕に沈めば、誰かに殴られたみたいに後頭部が痛んだ


黒衣の天使




「…ノボリ先生、ここは学校だよ」
「…」
「そもそも生徒と先生が付き合うなんてありえない」
「クダリ」
「目に余るようだったら、問題にさせてもらう」
「…」


壁によりかかったまま、保健室のドアから出てきたノボリに言うとノボリは一度僕を睨みつけて、何も言わずに歩いて行った
まさか、ノボリと生徒が付き合ってるなんて知らなかった

意識のない女の子を抱えて、息を切らして顔面蒼白で保健室に飛び込んできたかと思ったら、チャイムが鳴っても付き添い続けて目を覚ませばあの会話
嫌でもわかるよ

真面目で堅物のはずの、あのノボリが

僕は保健室に戻ってドアを閉めて、小さくため息をついた
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