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「いらっしゃいませ」
「ハァイ!」

ブラウンの上着を小脇に抱え、扉を押し開けた彼は陽気に手を上げた
クセのある艶やかなブロンド、真白のスラックス、濃いグレーのワイシャツ
仕事帰りだろうか、時計の短針は11と12のちょうど中ほどにじっとしている

「ボクのコト、覚えてる?」
「もちろんです、エメットさん」
「フフ、約束通り今日は一人で来たヨ」

約束をした覚えはないのだけれど
曖昧に笑って、エメットさんにカウンターの席を促した

今は他にお客様はいない
彼の向かいに立って、磨いていたグラスを置いた

「ご注文は何になさいますか」
「注文?そーだなァ」

うっすらと細めて、弧を描いた目から覗く紺碧の双眸が愉しげに揺らぐ
エメットさんは緩慢な動作でカウンターに肘をつき、指を組んで顎をのせた


「キミにしようかな」
「…エメットさん、」
「嘘嘘、ジョーダン、そんなコワイ声しないでヨ」

からかわれている
ひらひら手を振って、エメットさんは本当にそういう、女の人の扱いに慣れているようだ

「今度はジョーダンじゃなくてキミの名前、教えて欲しいな、ボクの注文」

首を傾げて彼は私を仰ぎ見た

「前来たときに聞くの忘れてたんだよネ、ミス?」
「…ナマエです」
「ナマエ!」

ことに嬉しそうにエメットさんは私の名前を何度か復唱した

「いい名前」
「ありがとうございます」
「ホントはナマエを注文したいとこだけど、ウン、何か適当に作ってくれる?」
「かしこまりました、アルコールは普段飲まれますか?」
「嗜む程度にはネ」

にやり、口角を引き上げたその笑みに、彼の"嗜む"がどの程度なのかを察する
前回のキッスインザダークも強いお酒だったけど酔った風もなかったし、決して弱くはないのだろう

つい先日買ったペルノとグリーンミントリキュールを取り出し、よくシェイクする
華奢なカクテルグラスにつつ、と注いで差し出した

「どうぞ」

淡いグリーンが美しく、ミントとハーブの刺激的な味わいのお酒
度数も高くて、しかし、その刺激に魅せられる
エメットさんは細い指でグラスを支え、く、と上品にグラスを傾けた

「ン、スーッとしておいしい、スキ」
「よかったです」
「それに強いネ」
「苦手でしたか?」
「とんでもない」

もう一口、喉仏を上下させて、彼は一度グラスを置いた

「コレ、なんていうお酒?」
「それは  


ギイ

答えるより先に遮るように渋い音を立てて店の扉が開き、私もエメットさんもパッとそちらを見やった

彼はそこでこちらを見てぴたりと立ちつくしていた
しかし、私と目が合うと目を伏せて一歩店の中に踏み込み、ドアを閉める

「いらっしゃいませ、インゴさん」
「…どうもワタクシは最近タイミングを間違えるきらいがありますね」
「?」
「ハーイインゴおいでよ突っ立ってないで」
「オマエに言われずとも」

ぴしりと固めた金髪、黒いスラックスに濃いグレーのワイシャツ、切れ長の目、そして紺碧の双眸
四つの宝石のような瞳はぼんやりとした照明を受けて同じように瞬いた

つかつかとカウンターに歩み寄ると、インゴさんはエメットさんの隣に腰掛けた
エメットさんが軽くインゴさんの肩を叩いて、インゴさんはそれを払う

「ご兄弟、だったんですね」
「ゴキョーダイもゴキョーダイ、ボクら双子」
「大変不名誉なコトですが」
「インゴひどーい」

泣きマネのジェスチャーをするエメットさんをインゴさんが軽く受け流す
仲のいい双子のようだ

「仕事あがりにすぐ来たのでしょう」
「ピンポンだいせいかーい」
「オマエのおかげで残務整理が非常に楽しかったですよ」


まったく、呑気に何を飲んでいるのですか

インゴさんの手がすう、と伸びてきてエメットさんのグラスを持った
色をじっと見つめて香りを嗅いで、カウンターに乗っているペルノをちら、と見る

インゴさんはぱちぱちと数度まばたきをして、耐えきれなかったのかくっ、と笑いを漏らした

「うわ、インゴが笑ってる」
「愚弟、ナマエを前にすればオマエの誘惑も形なしデスね」
「ハ?」
「Glad Eye…ナマエ、エメットは呼吸をするように女を口説くでしょう」

インゴさんはやっぱりお酒に詳しいらしい
すう、と最後に緑の水面に鼻を寄せて、口をつけることはなくコトリとグラスを置いた

…グラッド・アイ、色目
この蠱惑的なカクテルにふさわしい名前


「グラッド・アイ、ねえ」

エメットさんはグラスを持ち上げて淡いグリーンを透かして眺めた

「キライじゃないよ」

ぐい、一気に飲みきって、グラスをこちらに寄越す

「コノお酒も、したたかなナマエも」

エメットさんは私と目を合わせるとばちーんと音がしそうなほどのウインクをしてみせた
彼の癖みたいなものなんだろうか


「ありがとう、ございます」

「ナマエ」

ぎこちなくお礼を言うとエメットさんは器用にも一層笑みを深めてみせて、インゴさんが不意に私を呼んだ

「ご注文ですか?」
「エエ…ワタクシにも同じものを」
「かしこまりました」

出してあったペルノ、それにグリーンミントリキュールをもう一度シェイカーに注ぎ、よくシェイクする




「ワタクシも、そのような目でナマエを見ているというコトですよ」

グラスを差し出した指先を細い、骨ばった指が掠めた



グラッド・アイ
色目を使う



☆★グラッド・アイ
ペルノ、グリーンミントリキュールをシェイクし、カクテルグラスに注ぐ
…グラッド・アイは英語で色目の意。度数が強くミントが刺激的で魅惑的な大人のカクテル。


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