七分丈の白のパンツ、明るい色のブラウスは太陽の下では鮮やかによく映えた
夜の、ほの暗い室内での仕事をしているからか、さんさんと降り注ぐ光がなんだかすごく健康的で愛しいものに感じる
お店では氷は馴染みの製氷店から届くものを、グラスはほとんど取り寄せたものを使っているけれど、お酒と生ものは直接自分で見て買っている
果物なんかは近所で新鮮ないいものを買えるけど、お酒は、珍しいものを切らしてしまうと少し遠くの店まで足を運ばなければならない
ひどくいい天気だ
じりじりとアスファルトが焼ける
"ならない"とはいっても、私は時々のこの買い物をかなり楽しんでいた
ずらりと並んだお酒を見るのはただそれだけでもわくわくするものがあるし、何よりこうして普段は出歩かない明るい街を歩くのは気持ちいい
そうしてギアステーションにたどり着いた
目的の場所には一駅で行ける
地下は地上に比べてひんやり涼しい、少し肌寒いくらい
平日の午前9時、通勤のピークも過ぎて、駅ではばらばらと人が行き来するだけだ
ホームは何番だったかな この時、改札を抜けてホームに足を向ける私の腕を、誰かが引いた
「わっ、あ」
「あ、ごめん、ナマエ?」
「え?」
足がもつれてバランスを崩したのを、腕を引いたその人が肩を支えてくれた
聞き覚えのある声に、ぱっと振り向く
「クダリさん、おはようございます」
「ん、おはよ、やっぱりナマエだった」
きゅう、と目を細めてクダリさんは笑った
お店に来るときはいつも白いワイシャツにスラックスの仕事帰り(何の仕事をしているのかは知らないけれど)の出で立ちなクダリさんは今、細身のデニムにカットソー、薄いニットのカーディガンというカジュアルな格好だった
「これからお仕事ですか?」
「ん?違う、今日はお休み。ここにはちょっと寄っただけ、ナマエこそ、今日はお出かけ?」
「はい、ちょっとお店の買い出しに」
「買い出しって、お酒?」
「そうです、ヒウンまで」
「そっかぁ」
肩に手を置いたまま、クダリさんはちょっと考えるように目を伏せて、うん、と頷いた
「ヒウンならあっち、四番線」
さっと私の手を取って自然に歩き始める
「あっ、あの、ありがとうございます。あとは大丈夫ですよ」
「…ね、僕も一緒に行ったらだめ?」
「えっ」
私に歩を合わせてゆっくり歩きながら、クダリさんは少し首を傾げて聞いた
一人でなきゃいけない訳じゃない、けど
「いえ、クダリさんのせっかくのお休みですし…」
「僕がナマエと一緒に行きたい、でもナマエが迷惑ならやめる」
「そんなことは、」
「じゃあ決まり!」
ぱあ、花が咲くように笑って、クダリさんはぎゅうと私の右手を握った
お酒を見るだけなのに、楽しいのかな、不思議な人だ
ホームに降りるなり滑り込んできた列車にクダリさんに手を引かれて乗った
◇
「あっつい!」
「すみません、つきあわせてしまって…」
「僕がついてきたいって言ったの」
駅から出るとむわりとした熱気に包まれる
炎天下、ビル群に囲まれたヒウンはことさら暑い
「すぐ近くですよ、行くお店」
「そうなの?行こ行こ!」
相変わらず手は離してもらえないので、今度は私が少しクダリさんの左手を引くかっこうで店への道を歩く
見落としてしまいそうな小さな間口のお店、その前で歩を止めて、「ここです」重い扉をぐっと押し開いた
「いらっしゃい」
「こんにちは」
「ナマエちゃんかい?」
わあ、クダリさんが小さく歓声を漏らした
どちらかというと果実系のリキュールとワインを多く取り扱っているこのお店は、私がバーテンダーを始める前からずっとお世話になっている
クダリさんは棚に並んだ色とりどりの瓶を順に見て回り始めた
「先に言っといてくれればなんでも取り寄せるし届けるのに」
「このお店に来るの、好きなんです」
「嬉しいねえ」
奥から出てきた店主はじっとラベルを見つめるクダリさんを見つけて少し驚いた「いらっしゃい」「こんにちは」
私のすぐ側まで歩み寄ると、耳元でひそひそ囁く
「なんだい、ナマエちゃんのコレかい?」
「そっ、そういうのじゃないですよ!知り合いの方です」
「はは!照れちゃって」
「違いますから!」
「確かにな、ありゃちと美男子が過ぎるな、俺には負けるが」
「もう…」
小指を立てて、下世話なジェスチャー
ひととおり私をからかうと、今日は何を買いに?と尋ねる
「ペルノを切らしてしまって」
「おう、ちょっと待ってな」
店主が奥に行くと、クダリさんが私の方に戻ってきた
「すごい、いっぱいある!」
「そうですね、リキュールは種類が多いんです」
「奥にワインのボトルもたくさんあった」
「店主の前で言わない方がいいですよ、話が長くなりますから」
何しろ彼はワインにうるさい
クダリさんは楽しそうにくすくす笑いを漏らした
「はいよ、ペルノ。他には?」
「あー、今日はこれで大丈夫です」
店主はきれいな緑色の瓶を手際よく包む
「何を作るんだい?」
「色々…キュラソーとビターズなんか、いいですね」
「あとはソーダか、そりゃいい」
お金を払う
差し出された包みを受け取ろうとしたら、横から突然伸びてきた腕にそれを阻まれた
「あ、クダリさんっ、私、持ちます」
「ありがとうございましたー」
「はは、頑張れよ!」
「ありがとうございます…結局持ってもらって…」
「これぐらい持たせて、かっこつけたいんだから」
包みを抱えているのとは反対の手でやっぱり手を引かれて、クダリさんの隣を歩く
「このままお店に持って行くの?」
「はい、そのまま開店の時間まで」
「じゃあ今日は僕が最初のお客さんだね」
「さ、さすがにお店まで付き合っていただくのは悪いです!」
「僕はナマエといるの楽しい、それに今日は飲みたい気分」
「あっ!」クダリさんは言うだけ言ってしまって、何か見つけたのかぐいぐい私の腕を引っ張り始めた
されるがままについていくと、涼しげな色のパラソル、白いテーブルセットに移動販売の車が路上に並んでいる
「2つください」
車の中にそう言って、手を離して、素早くポケットからクリップを出す
紙幣を一枚差し出して代わりに受け取ったものを、クダリさんは嬉しそうに私に寄越した
「はい」
「そ、そんな」
「アイス、嫌いだった?」
「好きです、ヒウンアイス、けど」
「じゃあ、一緒に食べよ!」
…今日はずっと、こうしてクダリさんに押し通されて迷惑をかけてしまっている気がする
そう思ってためらっていると、「えい」クダリさんが持っていたアイスを私の口につけた
冷たい、あまい
「僕がしたいからする、ナマエ、あんまり難しく考えないで」
「…ありがとうございます、いただきます」
「うん!」
暑い日差しの下で冷たいアイスは甘くておいしかった
「おいしいです」
隣のクダリさんに言うと、同じようにアイスを食べていた口をぴたりと止めてちょっとの間黙ったあと、「うん、おいしいね」
噴水の縁に腰掛けてしばらくアイスを食べた
広場ではダンサーが踊って、隅のほうではバトルをしている
クダリさんは時々「いけー!」「あっ違う違う!」と野次をとばした
今日はいつもの買い出しよりも甘くて賑やかで、楽しい
◇
「ありがとうございました」
「うん、天気もよかったし楽しかった」
店の裏口の鍵を開けて入る
「着替えてくるので座って待ってもらってもいいですか」
「うん、待ってる」
裏でスラックス、ブラウス、ベストを着て髪を整える
カウンターに入ると、クダリさんがペルノの包み紙をべりべりとはがしていた
「ペ、ル、ノッド?」
「ペルノっていいます、ハーブのリキュールですよ」
「ハーブ」
ラベルをつうとなぞって、クダリさんは瓶を私に差し出した
「ありがとうございます、今日は何を飲まれますか?」
「ん、それで何か飲みたいな」
クダリさんは視線で私の手の中のボトルを指して微笑んだ
「かしこまりました」
そう言うと思っていた
オレンジキュラソー、それに、アンゴスチュラ・ビターズと氷を入れたシェイカーに栓を開けてペルノを注いで、よくシェイクする
クダリさんは相変わらず私の手元をじいっと見つめた
タンブラーに注ぎ、よく冷えたソーダで満たして軽くステアする
「どうぞ」
薄く黄色に近いオレンジと黒色のカウンターテーブルが鮮やかなコントラストを彩る
甘味のほとんどない、抜けるような爽やかな苦味と酸味と炭酸の淡い刺激が折り重なったカクテル
「これ、なんていうの?」
「…キスミークイック、です」
「ふうん」クダリさんはタンブラーを傾けて、ごくり、喉仏を上下させた
「ちょっと苦い」
「ビターズと、ペルノもハーブリキュールですから苦味がありますね」
「でもさっぱりしてて、ちょっと酸っぱくて、おいしい」
「ありがとうございます」
暑い外をずっと歩いて来て喉が乾いたからか、クダリさんは早いペースでグラスを空けた
そっと差し出された空のタンブラーを受け取り、水の入ったグラスを出す
「今日、楽しかった」
「私こそ、付き合ってもらえて楽しかったです」
「…ナマエ 」
ふわ、
何が起きたのかわかるのにしばらく時間が必要だった
ガタタッと音を立てて唐突に立ち上がったクダリさんは、カウンター越しにキスを落としたようだった、私の頬に
すぐさま暖かい湿った感触は離れていって、クダリさんはもとの席に座っている
「今日のお礼」
「え、あ、っ…」
「嘘、僕がしたくなっただけ、でもこれ以上はノボリが本気で怒るからやめとく」
「く、だり、さん」
「ふふ、また来るね?」
いたずらっぽい笑みを残して、クダリさんは開店の時間ギリギリに店を出た
入れ替わるようにお客様が入ってきて、私ははっと慌てて水の減っていないグラスを下げた
親愛のキスにするには、苦すぎる
離れていったクダリさんの表情は、笑顔とはおよそ言い難かった
キス・ミー・クイック
大人のキス
▽キス・ミー・クイック
ペルノ、アンゴスチュラ・ビターズ、オレンジキュラソー、氷を適宜シェイカーでよくシェイクしタンブラーに注いだ後、ソーダで満たし軽くステアする
…ペルノの豊かな香り、キュラソーとビターズの苦味が爽やかに溶け合ったカクテル。大人のキスの味。
¶ユイ様・300000hit企画「バーテンダー夢主と▽がお出かけ」