「こんばんは」
「来たよナマエー!」
「…いらっしゃいませ」
珍しくそろって扉をくぐった二人は、コートを脱いでカウンターチェアに腰掛けた
クロスで拭ったタンブラーを棚に並べながら、あれ、どうしたんだろう?と不思議に思う
「久しぶりに定時に終わったよー」
「ここのところ忙しかったですからね」
「いつもお疲れ様です」
「ありがとうございます」
「僕がんばった!」
誉めて!とにっこり笑う彼にお疲れ様です、と微笑めば、ありがとう、と朱をさした頬に浮かんだはにかみを向けられて、そんな表情もできるのか、と少し驚いた
「今日はお二人とも素面なんですね」
「えへへ、まだ一軒目!」
「こらクダリ、二軒目はありませんよ」
明日も仕事なのですから、と静かに諫めて言った彼がこちらに向かって口を開く
「何か…そうですね、テキーラかなにかをいただけますか」
「かしこまりました」
思わず口の端から小さな笑みが漏れた
ぼろが出てしまったようだ
そのことに本人は気づいていないのか、口角を下げたままきらきらした瞳で私の手元をじっと見ている
クレーム・ド・メントの瓶とレモンジュースも取り出して、テキーラと一緒にシェーカーに注ぐ
しっかりとシェークしてグラスに注げばきれいなグリーンの水面が光った
見た目通りのさわやかさで、クレーム・ド・メントの爽やかな舌触りが際立つ
何より、今の二人にぴったりだと思う
「どうぞ」
二つのグラスを二人の正面に滑らせる
「これなに?」
「…モッキンバードです」
「!」
口元に笑みを湛えた彼がぴくり、と肩を揺らした
あ、わかったかな
それに気づかなかったのか、隣に座るもう一人が下弦の月の口を開いて言う
「きれいな色…でございますね」
「…クダリ、もうばれていますよ」
「え?!」
ノボリさんがにわかに上がっていた口角を下げ、口の端を両手でほぐしながら、そうでしょう?とこちらに視線をよこして問うた
「失礼いたしましたナマエ様、謀るようなことを」
「いえ」
「いつ、気づかれました?」
「あ…入ってこられたときに」
「初めからですか」
これは恥ずかしいですね、と苦笑を漏らす
「自信はあったのですが…似ていませんでしたか?」
「いえ…でも、全く同じではないですから」
「…そうですか」
「ちょっと待って、僕話についていけてない!」
二人ともどーして!
クダリさんの非難の声を、ノボリさんはグリーンのグラスを掲げて制した
「マネシツグミ…クダリ、mockとは真似してからかう、という意味です」
そのまま滑るように口元に持っていったグラスを傾ける
彼は目を細めて、おいしいです、とつぶやいた
「ふーん…」
納得しきれていないのか、クダリさんは不服そうな声を漏らしてグラスを口に運んだ
口角はいつの間にかいつもどおりに上がっている
「ノボリさんはテキーラなんて頼みませんよ」
クダリさんに言えば彼は少しだけ目を見開いて、「そうだった」と笑った
「今日は、どうかされたんですか?」
「どうって、まねっこのこと?」
「はい」
「特に意味はありません、よくやるのですよ」
困ったように眉尻をさげてわたくしとクダリの昔からの悪癖のひとつです、とノボリさんが言った
「小さい頃はクダリと間違えられるのが嫌で嫌で仕方なくて、わたくしだと、いつだってわかってくださる方をこうして探していたのです」
「でもお互いが本気で真似したら親でも間違えちゃうんだよね」
「ええ、そのうち外見が似ているのは仕方のないことなのだとわかってからも、こうして時々入れ替わって遊ぶのです」
「誰も気づかないか、誰か気づくか」
「気づかれなければ勝ちなのか、それとも気づかれることで満足できるのか、勝敗のつかない自分たちでもよくわからないゲームなのですが」
くすり、と自嘲気味に笑ってまた一口、グラスの中身を口に含む
「でもたまに、入れ替えっこしたくなっちゃうんだよね」
私は黙ってその話を聞いていた
「でもひとつわかったことが」
「?」
「ばれたことは悔しく、気づかれたことは嬉しいということです」
「これって矛盾、してる?」
微笑んで、でもどこか不安げにも感じられる声音で問う
私は少し考えた
姿勢が変わっただけで、彼らの目的はきっと小さいときから何も違わないのだと思う
かくれんぼは、見つかるために隠れるのだ
「いえ、おかしくないと思いますよ」
言えば、二人ともそれぞれの表情で微笑んだ
この二人の自然な笑顔を、好きだと思う
「今度はばれないようにがんばる!」
「ええ、またお二人でいらしてください」
▲▽モッキンバード
テキーラ、クレームドメント、フレッシュライムジュースをシェイクする。
…モッキンバードはマネシツグミ、つまりものまね鳥のこと。ミントの香りがさわやかで気持ちよく酔える。