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本来なら一番お客さまの多い時間帯なのに、お店には閑古鳥が鳴いている

昼頃から降り始めた豪雨は止む気配を見せない
こんな日はみんなまっすぐ、あたたかい自宅へ帰るのだろう
かろうじて一人、二人といたお客さまも帰ってしまって、少し早いけど今日は店じまい、かな

お店のドアノブに手をかけると、ドアが外側に向かって勢いよく開いた

「わっ」
「あ、ごめんね」
「申し訳ございません!」

謀らずとも正面からお客さまにぶつかる形になってしまって、慌てて謝る
離れようと動けばしかし、軽い力で腰を引き寄せられた
目の前には白が広がる

「もしかしてもう終わっちゃった?」
「いえ、まだです…けど」

密着したワイシャツ越しに、じわじわと冷たい水が染みてくる

「クダリさん、びしょぬれじゃないですか!」
「ナマエあったかーい」
「クダリさんが冷たいんです、風邪を引いてしまいます」

顔をあげればいつものにこにこ笑顔はいつもより透けてしまいそうな肌に浮かんでいて、こんな中で傘の一つもささずに来たのだろう

少し力をこめて胸板を押せば、腰に置かれていた手はするりと離れていった

「コートを脱いで、少し待っていてください」

そう言って裏へ急ぐ
私のワイシャツは、さすがに入らないだろう
ここには仕事着しか置いていないし…どうしよう

取りあえずあるだけのタオルを持って行く

「傘はどうしたんですか」
「いきなり降ってきたからさ、ちょっとくらいならいいかな、って」

タオルを差し出せば、彼はありがとう、と言ってわしわしと頭を拭いた

「家に行くより近かったから来ちゃった!」
「寒かったでしょう」
「そんなことないよ」
「服もびしょびしょですね…」
「うん、ひたひたする…っくし」
「やっぱり寒いんじゃないですか!」
「だいじょーぶ…っぷしっ」
「…着替えはないんですけど…」

私はもう一度ドアまで歩き、openの札を裏返して鍵を閉めた

「せめて上だけでも乾かしますから、しばらくタオルで我慢してもらってもいいですか?」
「…え?」
「あ、すみません、出過ぎたことを…」
「…いや、お願いしていい?」

クダリさんはすっと立ちあがって、細い指でネクタイをゆるめた
自分で提案したことであるのに、なんとなく、それをじっと見ていられなくて、目をそらしてカウンターに戻る

クダリさんが服を脱いでいる間にお湯を沸かして、ラムとバターを用意した
グラスに一度お湯を注ぎ、グラスが温まるのを待つ
その間にクダリさんにちらりと目をやれば、ワイシャツの前をはだけて腕を抜こうとしている彼と目があって、慌てて視線をグラスに戻した

グラスの湯を捨て、じんわりあたたかいグラスに角砂糖を落としてお湯で溶かす
そこにラムを注いで、静かにバターをフロートした
グラスにスプーンをさしてクダリさんを見やると、すっかりワイシャツを脱ぎきった彼はじっと私を見ていた

「あ、タオル、羽織っててください」
「うん、ありがとう」
「じゃあ、私、乾かしてきますね」

カウンターの上のコートとワイシャツとネクタイを手を伸ばして取る
ずっしりと重たいそれは持ち上げるだけでとめどない水滴が水たまりをつくった
それを抱えて軽くタオルでカウンターを拭き、かわりにあたたかいグラスをカウンターに乗せた

「ホット・バタード・ラムです、寒かったら言ってくださいね」
「ありがとう」

クダリさんが肩にバスタオルを羽織ったのを確認して、びしょびしょの服の山と残ったタオルを抱えて裏にはけた



軽く絞って、タオルで挟んでドライヤーをかければ、思ったよりもすぐに水気はなくなった
ほんのちょっとしっとりしてるけど、かなりましになったと思う
これ以上やってしわになったらいけない

「お待たせしました」
「いや、ありがとね」

裏から戻ればグラスは空になっていて、頬杖をついたクダリさんの顔色はいくらか戻ってきたようだった
よかった

バスタオルの間から見える身体は、細身ではあるけど意外としっかり引き締まっていて、また目をそらしてしまう

「おいしかったよ」
「ありがとうございます」

たたんだコートとワイシャツとネクタイをカウンターの上に置いた
やっぱりクダリさんはにこにこ、私から目をそらしてはくれない

「もう少し飲みますか?」
「そうだね、雨がやむまで」
「朝になってしまいますよ」
「僕はそれでもいいんだけど」

そうして私を射抜く視線は、冗談を、っていなすにはあまりにするどくて、たじろぐ


にわかに立ちあがったクダリさんはしごく優しい目にもどっていて、羽織っていたタオルを私の肩にふわりとかけた

「ごめんね、僕のせいだけど、やっぱりちょっと目に毒」
「?」
「ここ」
「、わ!」

とんとん、と自分の胸元を示すジェスチャーをしたクダリさんの言わんとするところがわかって、慌ててタオルで前を隠した

「す、すみません!お見苦しいものを」
「いや、いつ言おうかなって思ってたんだけど、もったいなくて」
「く、クダリさん!」
「白って、ナマエにすごく合ってる」

顔に熱が集まるのを感じて、クダリさんがくすくす笑いをもらすのが聞こえた

「モルトってある?」
「ございます」

ワイシャツに腕を通しながら彼が言う


雨音が弱まる気配はない
今夜は長くなりそうだ、とぼんやり思った



▽ホット・バタード・ラム
温めたグラスに角砂糖を入れ湯で溶かし、ラムと熱湯を注ぐ。バターをフロートしてスプーンを添える。
…温まれるカクテル。冬はいいかもしれません。
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