生まれたときから不思議な小人を幾度となく見ていることを、誰も信じなかった。
生まれるよりもずっと前の記憶があって、それを覚えているのだということも――誰一人信じることは無かった。だから何時しか、少女はそれを口にしなくなった。彼女の両親はとても喜んで、「あぁ良かった。娘がおかしな夢を見なくなった。」と言って笑った。そんな両親を見た少女は、もう二度と小人の話や昔の記憶を口にすまいと決めた。
そうして少女は、少しずつ大人になっていこうとしていた。

小人が見えても、驚かないようにした。
小人がたとえ自分に語りかけてきたとしても、声など聞こえていないふりをした。
時折、昔の記憶の影がノイズのように頭を掠めても、何も考えないようにした。

ある時、少女と両親は海外へ旅行に出かけた。観光地だった為か人通りが多く、あまりの人ごみに少女は繋いでいた母親の手を放してしまった。あっと声を零す間もなく、両親と少女の距離はだんだんと開いていき――そしてとうとうひとりぼっちになってしまう。
少女は泣きそうになった。辺りを見渡してみても両親の姿は見えないし、知っている風景など、どこにもない。

誰も知らない。何も知らない。

寂しさと悲しみで少女の視界が涙でじわりと歪んだ。塩辛い液体が少女の小さく丸い頬を伝って、古い石畳の床に零れ落ちた。そして同時に少女は、心配するかのように自身を覗き込む小人の存在に気がついた。

「なぁに…?」

嗚咽を零しながらも少女は小人に問いかけた。小人のオレンジ色をして大きな瞳が少女を見つめた。

「………え?」

何、と零しながら少女は走り出す。彼女の小さな手を、さらに小さな小人の手が引いている。傍から見ればただ少女が走っているようにしか見えないのだろう。やはり小人は少女にしか見えないのだ。
そうしてどれぐらいの距離を走ったのだろう。気がつけば見知らぬ大きな噴水の前に少女はいた。大きな音を立てて水柱を上げる巨大な噴水に少女が驚くように見つめていれば、少女の背後から少女の名を叫ぶ声が聞こえた。

「杏胡!!!」

振り返れば真っ青な顔色をした少女の両親が彼女のもとへと走り出そうとしている瞬間であった。両親は泣きそうな顔をしながら少女を抱きしめた。同時に「どうやってここに来たの?」、「 誰かに教えてもらったのか?」と問いかける。少女は「小人さんが連れてきてくれた」と答えようとした。――しかし、それは止めることにした。少女を抱きしめる両親の背後で、小人がまるで今のことは内緒なのだとでも言うかのように人差し指を唇に当てていたから。
だから少女は何も言わず、両親を抱きしめ返した。

小人はただ静かに笑っているように見えた。


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