気がつけば、見知らぬ一室に私は寝かされていた。

あぁ、もしかして今までのことは全て夢だったのかもしれない。そんなことをぼんやりする頭の片隅で思いながらベッドに預けていた身体を起こし、立ち上がる。
キョロキョロと見渡してみればどうやらホテルの一室らしい。カーテンが閉じられている窓へと近づき、そっと外を伺えば先ほどまでのことはやはり夢ではないということが理解できた。
眼界一杯に広がったのは異国の町。
街の綺麗なところと、テレビとかで見たことのある建造物から見るに――恐らく此処はシンガポールなのだろう。

「夢じゃ、無かったんだ…」

やっぱり現実なのかと呟いて、少しだけ悲しくなった。
此処は私が居た世界じゃない。私の居場所なんて、何処にも無いように思えた。

――それにしても、どうやって私はこの部屋にまでたどり着いたのだろう?
あの時…船に絞め殺されかけたところまでの記憶はあるが、それ以降の記憶がぽっかりと抜け落ちてしまっている。もしかして誰かに迷惑をかけてしまったかもしれない、そう不安に思っていればベッドの傍に備え付けられているチェストの上に小さなメモが置かれていることに気づいた。
手に取ればどうやら部屋番号らしい。多分――この番号の部屋にジョースターさん達はいるのだろう。

「…起きたこと、伝えなきゃ。」

静寂に満ちた部屋の中、小さな私の呟きが響く。ひどく寂しく感じた。
誰でもいいから、誰かに今すぐ会いに行きたかった。私を少しでも知る誰かに――会いたかった。
そんなことを思いながら私がベッドを抜け出すと、同時に電話が鳴った。

「…ジョースターさん、ですか?」
「なんじゃナナシ、どうした?」
「えっと、今起きました…迷惑かけてしまってすいません。」
「別に気にする必要はないぞ。それよりも…大丈夫か?」
「? 怪我のことなら問題は無いですけど……何かあったのですか?」
「いや…どうも、ポルナレフの奴が敵のスタンド使いに襲われたらしい。」
「スタンド使いって…て、敵なんですか?」
「そうじゃ。とりあえず対策を練らなくてはならないから…我々のところに来て貰えるか?」

ジョースターさんのその言葉に分かりましたと答えて私は受話器を置く。同時に大きく息を吐いた。
――心臓が、煩い。
スタンドを使える人は皆、味方だとばかり思っていた。だって私が知る"スタンド使い"はジョースターさん達だけだから。きっと、良い人ばかりなのだと思っていた。
だけど違う。スタンドを使って危害を加えてこようとする奴らがいるのだ。それを知った途端、とても怖くなった。

「…ジョースターさん達のところに行かなきゃ。」

震える声で小さく呟いて、ルームキーとメモを手に、私は部屋を出る。
一歩一歩確実に進んでいるはずなのに、何故か地面が揺れるように感じる。――あぁ、きっと私は怖いのだ。
空条さんのスタンドはまるで人のような姿をしていた。あれが一般的なスタンドの形だとするなら――どうして私だけ、花なのだろう。触れて、少し握る力を強くするだけで壊れてしまうような…脆くて弱い、百合の花。
せめてジョースターさんのような傷をつけられるような――茨でありたかった。

そんなことをぼんやりと考えていれば、曲がり角で人にぶつかった。打ちつけた鼻と頭の痛みを感じながら、慌てて「すいません」と頭を下げればポタリと床に滴り落ちる血の存在に気がついた。反射的に顔を上げれば――見慣れた顔が視界の中に飛び込んでくる。

「ぽ、ポルナレフさん…どうしたんですか、その傷。」

まさか、敵のスタンド使いにやられたんですか? と問いかければそうだと彼は答える。その最中にも彼の腕や足からは止め処なく血が溢れ続け、ホテルの床に小さな染みを作り出していく。そして私はとりあえず止血するべきだと考えて、つい先ほど出てきたばかりの部屋に戻ると、何故か置かれていた包帯とガーゼを手にしてまた彼の元へと戻る。

「あの…とりあえず、止血しましょうか。」

保健の授業で一度だけ習った止血法をなんとか思い出しながら、私はポルナレフさんの足と腕に包帯を巻いた。
――これでホテルの床の上に染みがこれ以上増えることはないだろう。
そうして私が「終わりましたよ」と小さく声をかければポルナレフさんは「ありがとうな」と微笑んで、私の頭を撫でた。大きな彼の手が私の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜていく。思わず驚きで私が目を見開いていれば、彼ははっとした表情を浮かべながら「子供扱いしちまったな。」と言って、「ごめんな」と謝った。

「なんだか、妹みたいに見えちまったんだ。」
「妹、ですか?」
「あぁ、俺の大切な家族だ…」

そう言って少し寂しそうな表情を浮かべながらポルナレフさんは私に「はやくジョースターさん達の所へ行こう」と言って、歩き出す。その背を追いかけるようにして私も歩き出した。


To be continued…⇒
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