愛しています、心から。



――白い天井が、見えた。
ここは何処だろう。なんだかぼんやりとして上手く思考が纏まらない頭を抱えながら、リオは思った。ゆっくりと身体を起き上がらせれば、口元に着けられていた酸素マスクと、左腕から伸びる細い管の存在に気がつく。純白のカーテンの隙間から太陽の光がリオが横たわっていたベッドの上に差し込んでいた。

「―――……生き、てる?」

掠れた声が、リオの唇から零れ落ちた。同時にそっと自身の身体を彼女は見やる。あの世界で銃弾によって貫かれたはずの身体には、傷跡のひとつも残ってはいなかった。一体何故、私は、生きてる? そんな疑問がリオの頭の中を駆け巡っていく。しかしいくら考えてみても、その疑問の答えは見つかりそうに無かった。そして彼女は考えるのを一度やめて、病室を見渡してみる。白い壁に白い天井。視界に入った幾つかの機械から伸びる細いコードが、彼女の身体には繋がっていた。
――どくり。
心臓が脈打つのと共に、機械の画面の中で一本の線が動いていく。それは、確かにリオが生きていることを示していた。

――……皆、どうなったんだろう。
熱に浮かれるような妙にぼんやりとして思考が纏まり難い頭の中で、リオは呟いた。最後に見たものは暗殺チームのリーダー…リゾットの姿で、彼らがその後どうなったのかなど、リオが知る由も無い。それでも彼女は彼らが幸福であることを祈る。遥彼方となってしまった異世界の、次元という壁を越えたその向こう側に居るはずの彼ら――大切な仲間達と、彼女が愛していた者の幸福を。彼女は真っ白い病室の中、祈った。はたして祈りは届くのだろうか。――それは誰にも分からなかった。

ガシャン、と酷く耳障りな音が不意にリオの耳に飛び込んできた。驚いたリオが振り向いて、音が聞こえた方向である病室の入り口へ視線を向ければ――呆然とした様子の看護師の姿が彼女の視界に映った。看護師は暫くぱくぱくと魚のように口を動かしたかと思えば悲鳴に似たような声で「先生!!」と今しがた通ってきたばかりの廊下を駆けて行く。
一体何なんだ、とリオが思っていればその数分後――看護師の女性が呼んだらしい"先生"と、何故か警察官までが彼女の病室へとやってきた。医者は意識がはっきりしているのか、身体や頭に痛みは無いか、等の質問をリオに投げかけた。警察官は彼女に何故崖から飛び降りることになったのかを問うた。恐らく事故なのか事件なのかを判断しかねているのだろうと、リオは思った。

「あれは事故です。妹が、足を滑らせてしまったの。」

助けようとして思わず腕を伸ばしたら私まで一緒に落下してしまった。静かにそう続けてリオは何も問題ないことを警察官に告げた。医者にも、身体に異常などが無いことを告げた。
そして、彼女は医者に問いかける。

「……ねぇ、先生。私の妹は、何処ですか?」







案内された真っ白い病室の中心で、妹は眠っていた。ピ、ピ、と単調な機械音がナオの心臓の動きを表している。そっと手を伸ばして投げ出されていた手に触れてみれば、酷く冷たかった。
――きっと、まだ、"あの世界"に居るのね。
私が早々に降りてしまった舞台に、まだナオは居るのだろう。ブチャラティを、大切な仲間達を、守るために。生かすために。助けるために。

「……大丈夫、きっと。きっと、救えるわ。」

彼らは皆、星を見てくれるはず。
そう呟いて、ナオの手を握る。同時にピクリと、閉ざされた瞼が動いたのが見えた気がした。




 
- ナノ -