さようなら、大好きです。



誰かが、私の手に触れている気がした。
そっと閉じていた瞼を開けば眼界いっぱいに真っ白い天井が写った。

「どこ、ここ。」

ポツリとそう呟けば同時に誰かに抱きしめられた。驚きと動揺で思わず私が目を白黒させていれば、私を抱きしめた誰かが「おはよう」と告げる。そして私はそれがいったい誰なのかを、瞬時に理解した。

「……リオ、」
「おはよう、ナオ。」

ぽつりと呟くように名を呼べば、あの異国の美しい海岸で別れたきりだった双子の片割れが薄く微笑みを浮かべる。途端、堰を切るかのように私の目から涙が零れた。
――会えて嬉しかった。もう二度と会えないかと思っていたから。
ぽろぽろと嗚咽とともに涙を流して、そんな言葉を呟けば「大丈夫」と言って微笑んだリオが私を再度抱きしめた。温かい腕、薄い皮膚越しに確かな鼓動を感じれて、私はそっと安堵の息を吐く。

それから少し、あの世界のことについて、話をした。
リオ曰く、「傷口が残っていないから、きっとあの世界でみたことは夢のようなものだったのでは?」だそうで、いつの間にか着せられていたまっ白い病衣の裾を少し持ち上げてみれば――確かに、あの世界で大穴を開けられたはずの私の腹部には、何も残されてはいなかった。ただ、日に当たらない白い皮膚が存在しているのみだった。

「ブチャラティ達は、どうなるのかな。」

ポツリと呟くようにあの世界で出会った仲間の名を呼べば、リオの黒い瞳が悲しげに揺れる。「分からない。」と彼女は言った。あれが全て"夢である"と仮定すれば、私達が捻じ曲げた全てのことは無かったことになって、きっと何もかもが正常に進んでいくのだろう。誰かがそれを望もうとも、望まなくとも。

「…パラレルワールドって言葉、ナオも知ってるよね?」

静寂していた病室に、不意にそんな言葉が響き渡る。唐突に言い出したリオのそんな言葉に、私は少し呆気に取られて返す言葉を一瞬だけ失った。そしてそんな私を尻目に、リオはさらに言葉を進めた。

「一つの選択によって未来が枝分かれするように、世界も複数存在してるはずなんだ。漫画のように暗殺チームの皆が死んで、ブチャラティ達も死んでしまう世界もあれば、私達が捻じ曲げたように、皆が生き残る世界だってあるはずだよ。」

だからきっと大丈夫だと、リオは言った。私はただ沈黙したまま、それでも頷きだけは返した。







それから数日して、私達は退院した。
崖から海へと転落したにも関わらず外傷が全くないことに医者や警察は不審に思っていたが、私達がただひたすら「事故だ」と言い続けたので特に追及されることはなかった。

「…もう二度と、会えないのかな。」

誰もいない。私とリオしかいない、そんな空っぽな部屋の中で小さく呟く。

「分からない。会えるかもしれないし、会えないかもしれない。」
「でももし会えるなら…会いたいって思う、リオ?」
「……そうだね、会いたいね。」

めったに潤むことのないリオの瞳が少しだけ揺らいで潤んでいくのを、私は静かに見ていた。

きっと私は、泣いていた。

彼女も、泣いていた。




 
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