――どうやら私は、相当な不運の持ち主らしい。
背後から大声を上げて追ってくる男達を尻目に、思わずそんなことを内心呟いた。

始まりはほんの数分前のこと。
『散歩に行って来ます』と言って彼らのアジトから出て、初めて歩く異国の街を歩いていればふと小さな悲鳴が耳に届いた。
微かな…本当に小さな悲鳴だった。
偶然にも、私にはそれが聞こえた。そして私はその悲鳴を辿って、とある路地裏に行き着いた。

眼界に広がったのは数人の男と、その足元に転がる幼い少女。
男達は少女の金色の髪を荒々しく掴むと、その小さな身体に蹴るや殴るといった暴行を加えようとしていた。
――誘拐?
即座にそんな言葉が脳内で浮かんで、気がつけば身体は動き出していた。

どうやら男達はまだこちらの存在に気付いていないらしかった。
だからとりあえず手近にあった鉄パイプで、一番近くにいた男の頭を渾身の力で殴りつけた。同時に、男達の間に滑り込んで少女の腕を掴む。

『走るよ!!』

叫んで、手を引いて走り出す。
私が殴った男はまだ生きているらしい。走り出した瞬間うめき声といくつかの怒声が聞こえた。


こうして私は幼い少女と共に、路地裏を男達に追われる羽目になっている。
走り出してかれこれ数分だろうか。
私も、少女もそろそろ体力に限界が来ようとしている。
隣を走る少女の足はもう覚束なく、私が手を引いていなければすぐにでも転んでしまいそうな勢いだ。


(……しょうがないなぁ。)

内心呟いて、走るために動かしていた足を止める。
同時に身体の向きを180度回転させ、追ってきていた男達と向き合う体勢にする。
どうやら彼らは私が観念したのだと思ったらしい。
余裕を感じさせる笑みで、私を見てくる。

『逃げるなら、今のうちですよ。』

きっと貴方達には見えないだろうから、今のうちに忠告しておこう。そう思いながらそんな言葉を告げる。
男達は今度は私のことを『頭でもぶっ壊れたのか?』と言いたげな表情で見てくる。
私の背後に隠れている幼い少女も『一体何をするつもりなのか』という不安げな表情でこちらを見上げていた。

『……大丈夫だよ。お姉ちゃんには不思議な"ちから"があるから。』

囁くように呟いて、少女の頭に手を乗せる。
同時に、私は口を開いて"彼女"の名を呼んだ。

『喰らい尽くせ、グリム・リーパー。』

名を呼ぶと同時に動き出す影。
どうやら影の動き自体は一般人にも見えるらしい。少女は影が蠢いていることに気付いたのかその小さな唇から微かな悲鳴を零す。

『ぐりむ・りーぱー…? なんだそりゃ。』
『アニメのヒーローか何かでも呼ぶつもりなのか?』

馬鹿馬鹿しい、そう言いたげな顔で男達は告げる。彼らのその足元では、彼らの影がまるで生き物かのように蠢き、揺れていた。






『もう、大丈夫だからね。』

私を助け出してくれたお姉ちゃんはそう言って微笑んだ。
一体何をしたのか。お姉ちゃんの背後にいたはずの男達を見ようとすれば、すっと差し出された細い手によってそれが遮られる。
見るな、ということだろうか。

『…おねえちゃん、何したの?』

思わずそんな疑問を口にすれば彼女は人差し指を立てて口元に当てると、ゆっくりと微笑んだ。

『お姉ちゃんには、不思議な"ちから"があるのよ。』

きみには見えないと思うけれど。そう続けて彼女はまた微笑んだ。
そして『さぁ、帰ろう。家まで連れてってあげる。』と言うと彼女は私の手をゆっくりと掴んで、路地裏を出ようと歩き出す。
そっと彼女にばれない様に背後を伺えば薄暗い路地裏の中で、が見えたような気がした。






少女は、本当に誘拐されていたらしい。
詳しく話を聞いてみれば友達と遊んだ帰りに、逃げる間もなく捕まえられてあの路地裏に引きずり込まれたそう。

『……こわかった。』
『うん。そうだね。私も、同じ目にあったから分かるよ。』

あの時は偶然スタンドが発動してくれたから…危険な目にはあわなかった。
だけどあの時もしスタンドが発動してくれなかったら? ………私は一体どのような目にあっていたのだろう。

そんなことをぼんやりと思っていれば少女が『あ!』と声を上げた。
考えることを中断して顔を上げれば少女とよく似た女性が泣きそうな顔をしてこちらを見ていることに気付いた。
同時に少女は女性に向かって駆け出し、勢いよく抱き着いた。

『ママ…ママぁっ!!』

その青い両目から大粒の涙を零して、彼女は母親にすがりつく。彼女の母親も、涙を流して彼女を抱きしめていた。

――母親。
そうだ。私にも、家族がいた。
私には少女のように母親がいて、そして妹がいた。
双子の……自他共に認めるほどそっくりな妹が、私にはいたのだ。


(あの子は…"どうなった"のだろう。)


そんなことを思った瞬間、味わったこともない激痛が頭を襲った。
思わず盛大に顔を顰めて、その場に膝をつけば少女とその母親が心配そうな顔で私に大丈夫かと問いかけてくる。
その言葉に『大丈夫です。なんでもないですから。』と返すと、私は走り出してその場を後にした。





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