七夕の話:リゾット

「七夕って知ってます?」

ソファの隣に座っていた少女が唐突に零した声は、そんな言葉だった。
ただ無言で"知らない"と首を左右に軽く振ることで示せば彼女は「願い事を書いた紙を"笹"っていう…木? に吊るすんです。」と続けた。

「……何か、願いがあるのか。」

少女の願いが少しだけ(ほんの少しだけ)気になって、リゾットは彼女に問いかけた。彼女はまさか聞かれるとは思っても居なかったらしく、僅かに目を見開かせる。
その後、嬉しそうに口を開いた。

「皆と、ずっと一緒にいることです。」

笑顔で、彼女はそんな"願い"を口にする。彼女の願いに、リゾットは僅かに眉を顰めた。"短冊"という紙に願いを綴っている少女は彼の表情が変わるのに気付かない。
それをぼんやりと眺めながらリゾットは思う。"叶うはずがない"、と。
暗殺という仕事をする以上、死のリスクは何時だって付き纏う。何時失敗して、殺されてもおかしくない仕事だ。
だから、"そんなことは不可能だ"とリゾットは心の中で呟く。
それでも、彼は決してそれを口にしようとは思わなかった。
その代わり、彼らしくもない言葉を零す。

「叶うと、良いな。」

呟いた声は彼女に届いたらしい。驚いたような表情でこちらを見つめた後に、嬉しそうに頷いた。







お兄ちゃんの話:ホルマジオ

「私、お兄ちゃんが欲しかった。」

唐突にホルマジオに向かって呟かれたのはそんな言葉。
飲みかけのコーヒーが入ったカップを落としそうになるのを寸での所で止めて、「一体急にどうしたんだ。」と目の前で同じようにコーヒーを飲んでいた彼女に問いかけた。

「……"お兄ちゃん"がいたら、きっと、悲しい時とか、慰めてくれると思うの。」

一言一言区切るように告げて、彼女は飲みかけのコーヒーに(ミルクと砂糖がたっぷり入ってる)口をつける。カップの中の薄茶色の水面が揺らぐのを見ながらホルマジオはどうするべきか、と暫し思案する。
彼女のことだ。きっとまた何かあったのだろう。
そして、それを慰めてくれる――彼女の言う所謂"お兄ちゃん"という存在が欲しくなったのだろう。
どうするべきか、とまた考えて…ホルマジオは「しょうがねぇなぁ…」と声を零した。
そして手に持っていたカップを一度テーブルに置くと彼は腕を伸ばして、向かいに座る彼女に触れた。

「うわっ」

驚いたような、そんな間抜けな声を零して彼女は肩を揺らす。まさかホルマジオに頭を撫でられるとは思っても居なかったらしい。
暫く驚いたような表情をした後、彼女は満足そうに目を閉じた。







真夏日の話:ギアッチョ


じりじりと照りつけてくる太陽を忌々しく見つめながら少女は仲間の名を呼んだ。

「ギアッチョォオオオオオオッッ!!!」

悲鳴のような雄たけびのようなそんな声に飛んでくるように(というか道路を滑走してきた)男は少女と同じくらいの声量で「一体なんなんだよ!!」と返す。
少女はまた叫んだ。

「暑いの!!!助けて!!氷出してよ!!!!」

溶けちゃうよ、と口にして少女は「マズイ」と心の中で呟いた。
彼女は知っていたのだ。今しがた呼んだ目の前の男が、言葉の言い回しや気に入らない部分を見つけるとすぐブチギレる――なんとも偏屈な性格だということに。
彼女の想像通り、男は怒りだした。同時に気温が下がってくる。スタンドが辺りを凍らせているらしい。
一気に冷えた空気の中、冷や汗が背中を伝うのを、彼女は感じていた。

「人間が夏の温度で溶けるわけねぇだろうがよォオオオオオオーーーッ!!!」

叫ぶ男。同時に頬に弾丸のようなものが掠る。
慌てて走り出せばついさきほどまでいた地点に空気で作られた銃弾が地面にめり込んでいく。

「今のは"比喩"だよ!! 実際溶けるわけがないっていうのは知ってるからーーッ!!」

だからそんなに怒るな。そう制止しつつも、凍らされた道路によって下がった気温に「暫くこのままでもいいかな」と思った。







任務に失敗した話:プロシュート

このマンモーニが。
目の前の男はそう口にして、既に力を入れることが不可能になった腕を掴む。
だらりと重力に逆らうことが出来ずに力無く垂れた自身の腕に「骨が折れたかもしれない」なんて思いながら、私を担ごうとしている男のまるで絹糸のような美しい金色の髪が揺れるのを眺めた。
すす、と視線を移動させれば男の碧眼が見えた。
まるで宝石みたいだ、なんて思っていれば「オイ、聞いてるのか。」なんて声がかかって。何、と鉄の味がする口を必死に動かして問い返せば答えの代わりにため息が帰ってくる。
ねぇ、一体何なの。と数度問いかければ漸く答えが返された。

「お前は一応"シニョリーナ"なんだから、せめて顔くらいは守れよ。」

嫁に行けねぇぞ、と続けた彼の言葉に「あぁ、そういえば私は女だったな」とか「そういえばナイフで頬を切りつけられたなぁ」なんて心の中で呟いた。

彼に肩を担いでもらいながら、歩き出す。
一歩足を踏み出せば「ぱきん」と軽い音がして。足元をチラリと見やればカラカラに干からびたような腕が靴底の下に鎮座していた。
折れた腕をたどって顔を見てみればどうやら私の顔をナイフで切りつけた者らしい。老いてしわくちゃになったその顔には、どこかその者の面影が残っていた。

「どうした、いくぞ。」

声を掛けられて、また歩き出す。
数歩歩けばまた「ぱきん」や「ぱきぽき」と"何か"が折れる音が耳に届いた。




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